レビュー
一度プレイしたら,もうプレーンなHoI3には戻れない拡張パック
ハーツ オブ アイアン III センパーファイ【完全日本語版】
「ハーツ オブ アイアン III センパーファイ【完全日本語版】」(以下,HoI3SF)は,第二次世界大戦をまるごとシミュレートする巨大ストラテジーゲーム「ハーツ オブ アイアン III【完全日本語版】」(以下,HoI3)の拡張セット第一弾だ。
HoI3SFではゲームのさまざまなギミックが追加されるほか,AIの強化,シナリオの追加(1940年シナリオ)などが行われる――そして何より,UIが大幅に改善される!
なお,商品としてはあくまで拡張パックであり,単体では動作しないことに注意したい。
「ハーツ オブ アイアン III センパーファイ【完全日本語版】」
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お馴染みのUIで師団を簡単管理
結論から先に書くと,HoI3SFは“一度プレイしたら,もうプレーンなHoI3には戻れない”拡張パックだ。その最大の理由は,「UI(ユーザーインタフェース)の強化」にある。
HoI3SFにおけるUIの強化は数点に及んでいるが,明らかに一番大きいのは「師団の管理システム」が改善されたことだろう。
HoI3では,軍隊は司令部のチェインによって形成されており,最上級の司令部の下に上級司令部が複数つき,その下に下級司令部がつき……という形で樹形図を構成する。プレイヤーは末端の師団一つ一つをコントロールしてもいいが,それぞれの司令部に作戦の方向性を指示し,実際の機動はAIにすべて任せることもできる(というか,そのほうが効率が良い)。
だがHoI3において,この司令部システムは,あまり芳しくない操作性を誇っていた。ある程度までは「慣れればなんとかなる」ものではあったが,例えば抜本的に司令部の命令系統を切り替えようなどと思っても,その決意が簡単に挫ける程度には利便性を欠いた操作・情報閲覧形式だったのだ。
HoI3SFにおいて,軍の指令系統は,Windowsのエクスプローラ形式で表示されるようになった――そのものずばり,各司令部が「フォルダ」となるのだ。最上級の司令部が一番上に出てくるフォルダで,これを開くと指揮下にある司令部が表示される。そして新たに開いた司令部をさらに開くと,その指揮下にある司令部が……という調子で,上下の関係性は一目瞭然となった。
そのうえで,司令部の系統を切り替えたければ,フォルダをドラッグ&ドロップすればOK。例えば今までA司令部の下にあった部隊Xを,B司令部の下に動かしたかったら,A司令部のフォルダを開いて部隊Xをドラッグし,B司令部のフォルダにドロップすればいい。実に簡単である。
また,この司令部のつながりを操作するパネルで,それぞれの司令部を率いる将軍の能力値チェックもできる。これまたとても便利で,「とりあえず階級が高いから採用していた上級指揮官を左遷して,叩き上げの有能な指揮官に,より大きな指揮権を与える」といった人事が手軽に実現可能だ。
とりあえずここまでだけでも,HoI3SFはHoI3プレイヤーなら必携と言っていいだろう。というか,これってむしろ最初から実装されているべきものなんじゃ……。
プレイヤーの意思を戦場に反映
もう一つの大きな改善点は,司令部の「担当範囲」をプレイヤーが決定できるようになったことだ。
HoI3では,司令部がどの戦域を担当するかがデフォルトで決まっていたため,運用に困るシーンも多かった。例えばドイツ軍は最上級司令部を2つ持っているが,1つが東部戦線,1つが西部戦線を担当していて,この役割分担は変更できなかった。結果,全軍を最初から片面に集結させたい場合,指揮系統を完全に組み替える必要があったのだ。
HoI3SFでは,司令部が担当すべき戦域を,範囲指定によって決定できるようになった。これによって部隊の運用をより柔軟に行えるし,自動化したいのにAIが動いてくれないので,やむなく手動で部隊運用……というシーンも格段に減った。
もっともこの戦域指定,機能としては素晴らしいのだけれど,具体的なUIや細かい調整となると,まだ唸ってしまいそうになる部分が残っている。そのあたりは,今後の改善を待ちたい。
やや裏目に出た部分も?
一方,改善されたが故に粗が出てしまった部分もある。ユニットの命令系統がマップ上で確認できるという機能が,今までは確認が難しかった「粗」を露見させてしまったのだ。
HoI3SFでは,マップ上の司令部をクリックすると,その司令部の指揮下にある部隊に向かってラインが伸びる。司令部ごとに指揮可能範囲に限界があり,限界を超えている部隊は赤線で連結されるので,なんらかのケアが必要というわけだ。
だが,この便利な機能は,HoI3の陸戦AIの粗を露見させてしまった。部隊が,実にたやすく指揮範囲を超えていくのである。しかも,戦線の南方にある司令部に配備した部隊(当然だが南方戦線を支えてくれることを期待している)が,なぜかはるか北に向かって一直線といった不思議機動が,頻繁に起こる。
これだけならば,「なるほど,指揮範囲よりも,至急戦線を強化しなくてはならない方面を優先したのか」と思うこともできるが,いざ北方で現地の司令部指揮下に組み込むと,今度はまた別の戦線にお出かけしてしまうことがある,というか大抵そうなる。
これは現状ではもうどうにもならない部分のようで,最上級司令部に対して命令を発行する(つまり全軍をAIに半委任する)と,ほぼ確実に発生する。対策としては,「諦める」くらいしか手がないようだ。司令部の連結を最適化させるボタンもあるのだけれど,ユニットの迷子に対してはあまり有効でない模様。もしかしたら何かクレバーな方法があるのかもしれないが,筆者は諦めました。はい。
指揮下のユニットの,陸・海・空それぞれに対して命令を発令できる |
空軍ユニットに対しては,かなり細かな任務設定も可能 |
このほかのUIの改善としては,司令部に所属する陸海空それぞれのユニットに対し,種別ごとに指示が出せる,空戦の指令がより細やかに可能になる,同盟国の軍隊に攻撃目標を設定できるなど,基本的にはゲームをより良くコントロールできるようになっている。粗が見えることもあるとはいえ,HoI3に比べれば雲泥の差があることは間違いない。
自陣営にとっての勝利とは何か
新しいゲームギミックもいくつか追加されている。なかでも目立つのは,「勝利条件」の設定だろう。
Paradox Interactiveの歴史ストラテジーは,伝統的に「勝利」にあまり執着してこなかった。「クルセイダーキングス」ではマニュアルに堂々と「歴史に明白な勝者はいないが,明白な敗者なら存在する」などと書いてあったりもしたものだ。
これに対し,HoI3SFでは「勝利条件」が導入された。だがこの勝利条件は,最初からガッチリと決まっているものではなく,多数の条件から15個をプレイヤーが選択するという方式となっている(選択できるのは陣営の指導国,つまり,イギリス・ドイツ・ソビエトを選択したときのみ)。この戦争に対しどのような結末を想定するのか,プレイヤーが決定できるというわけだ。
ゲーム的にも,戦略AIはこの勝利条件を重視した選択を行う。そしてこのことには重要な意味がある――HoI3で見られた「プレイヤーは何もしないのが一番いい」状況の打破である。
HoI3では,ゲームのあらゆる選択をAIに委任できる。プレイヤーは何一つコマンドを発行することなく,ただ画面を見ているだけという選択も可能だ。であるならば,「放置しておけばほぼ間違いなく勝てる国」において,プレイヤーが自分で何かを操作する意味がどれほどあるのだろう?
勝利条件の設定によって,この「放置しておけばほぼ間違いなく勝てる」という展開には,一定の揺らぎが生じ得る。勝利条件の噛み合い方次第で,プレイヤーが全力を尽くさなくては勝てない状況が生まれ得るというわけだ。さすがにそれを確認できるほどたくさんプレイできていないので,これがそのように機能しているかどうかは未確認だが,大きな可能性を秘めたゲームギミックであると言えるだろう。
加えて言うならば,「とりあえずこれで勝ち」と言える状況があることで,ゲームの止めどころがはっきりしたというのは,良いことだろう。15の条件すべてを満たさなくても,12/15くらい達成すれば「だいたい勝ったな」と満足できるし,その満足が客観的なルールで担保されているのは,決して悪いことではない。
プロパガンダもまた戦争
さて,「勝利条件」がHoI3SFの表の顔とすれば,「国民結束度」は裏の顔だ。そしてゲームギミックとしてより直接的な影響を与えているのは,「国民結束度」の部分であると言えよう。
国民結束度は,HoI3から存在している概念で,基本的にはその国家がいつ戦えなくなるかを決定する数値といえる。HoI2では,国家は「VPが存在するプロヴィンスすべて」を占領されないと降伏しなかったが,HoI3では国民結束度に応じて国家は自動的に降伏してしまう。国民結束度は戦略爆撃でも削れるので,プレイヤーには単純な陸戦以外の勝ち筋も生まれた。
しかしながら,HoI3ではこの国民結束度は,滅多なことでは低下しなかった。これが問題になるというのは,その段階ですでに何かが間違っている状態であって,「国民結束度だけが落ちてしまって困る」というシチュエーションには滅多にお目にかかれなかったのだ。
HoI3SFでは,国民の結束はより脆くなっている。通商破壊による結束度の低下が厳しくなっているほか,海戦の敗北による結束度の低下,大きな戦闘の敗北による低下など,低下するチャンスに事欠かない。結果として,大勝利は収めていても,国民の士気はいま一つ振るわないという状況も珍しくない。
これは,比較的ヒストリカルな状況と言える。圧倒的に勝っている国であっても,国民に戦争継続を納得させるためには,相応の労力を必要としてきたのだ。HoI3SFにおいて戦場における細かな機動から解放されたプレイヤーは,戦争指導者として「国民」と向かいあわねばならないのである。
このバランスと噛み合うのが,「顕著な戦闘における勝利」である。これは史実において有名な戦いがあったプロヴィンスを初占領したときに発生する歴史イベントで,国民結束度の向上か不満度の解消を選択できる。
イベントとしては,ドイツがフランスに攻めこんでいるときにメスやバストーニュでの戦いを評価される(当然ながらメッセージはバルジの戦いの記述だったりする)など,若干ズレている雰囲気がないわけではないが,HoI3に欠けていた「第二次世界大戦っぽさ」を大幅に強化してくれているのは間違いない。
そうして,「バストーニュの戦いに勝利!」的なイベントが起き,そこで国民結束度向上のボタンを押すとき,なんとも苦いものを感じずにはいられない――このボタンの背後では,新聞やラジオが勝利を喧伝し,あちこちで政治家が大演説をし,そして「そんな勝利で何が変わるものか」という声を静かに圧殺しているのだろう。史実がそうであったように。このあたりのほろ苦いアイロニーは,パラドゲーならではの冴えだ。
またこれは,「戦争における戦闘の勝利」と,「戦争指導における戦闘の勝利」の意味の差を明らかにする。戦争の現在を熟知するプロが喝采する勝利と,戦争に参加する国民が喝采する勝利は,自ずから異なるのだ。ここにおいて,ようやく「HoI3とは,戦争指導者をプレイするゲームである」というスタンスが際立ったように思える。
HoI3プレイヤーであればマスト
HoI3SFは,HoI3のUIを大幅に向上させただけでなく,このシリーズが進む方向性をくっきりと打ち出した拡張パックといえる。プレイヤーは戦略の根幹を考え,それに沿って軍組織を構築し,外交の方針を決め,あるいは軍の人事を差配する。これらはすべて,戦争を指導する政治家としてのプレイヤーというスタンスを明確にした。
一方,もちろん部隊のマイクロマネージメントはHoI3SFでも可能なので,そのようなゲームとして遊ぶこともできる――だがそういうプレイングであれば,HoI2系列でも十分だろう。
HoI3SFの英語版が発売された直後に導入したときには,ソビエトをプレイしたら1941年の東部戦線にドイツ軍がまったく存在しなかったり(ベルリン陥落まで数回しか戦闘が起きなかった),ゲームが途中から凶悪に重くなったりと,とてもレビューできる状態ではなかったが,現状では安心してプレイできる段階にまで到達したと言える。むしろ,進化したUIの一点に限っても,絶対に導入すべき拡張パックだ。
ルクセンブルグとベルギーにのみ宣戦,ルクセンブルクのあたりを回廊として一点突破を図る。個々の戦闘演出は,いつも通りの程度の地味さでありがたい |
ベルギーをほぼ突破。こうなってしまえばフランス陥落は目の前だ |
……それはともかく,相変わらず落ちるときは落ちるゲームなので,オートセーブはゲーム内時間1か月ごとを強く推奨したい。こだわりの人事異動をした直後に落ちたりすると,プレイヤー本人の指揮統制値へのダメージは計り知れない。
それから,生産におけるICの自動配分が人知を超えた割り振りになってしまうこともあるなど,微妙に改善してほしい部分も残されているので,以降の拡張セット(あるいはパッチ)で対応されることには強く期待したい。
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