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[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」
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印刷2012/03/09 00:00

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[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」

 北米時間2012年3月7日,開催中のGDC 2012にて「Thinking in 3D: The Development of SUPER MARIO 3D LAND」という講演が行われた。この講演は,「スーパーマリオ 3Dランド」の開発を振り返りながら,3D立体視の活用時に発生する問題や課題,その解決方法,そして3D立体視をどう活かせば面白いゲームが作れるのか? などを解説していくという,とても示唆に富む内容のもの。
 加えて,随所に“宮本語録”を交えながら話が進められるなど,任天堂やそれを率いる宮本 茂氏の考え方,ゲーム制作への姿勢が垣間見える,かなり興味深いものになっていた。

任天堂 東京制作部 林田宏一氏
画像集#001のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」
 講演で登壇したのは,任天堂 東京制作部の林田宏一氏「スーパーマリオ64」「スーパーマリオサンシャイン」,「スーパーマリオギャラクシー」など,いわゆる“3Dマリオ(ポリゴンでつくられた空間の中で遊ぶマリオ)”の開発を長年手がけてきた人物で,スーパーマリオギャラクシーとスーパーマリオ 3Dランドではディレクターを務めている。
 そんな林田氏ら開発チームは,「3D立体視映像を駆使してマリオを作る」という挑戦に,いかにして立ち向かっていったのだろうか?

画像集#002のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」


「すべてのスタッフはハードを知らなければならない」


 まず林田氏は,宮本氏の「3D立体視を使えば,距離感が掴みやすくなるので,空中にあるブロックに乗りやすい」という発言を引用しつつ,3D立体視の利点を説明した。
 曰く,従来の3D表現(平面視,要はオブジェクトを通常ディスプレイに表示するやり方)では,空中に配置したオブジェクトの距離や大きさを正しくプレイヤーに認識させることは困難で,マップのデザインや敵の配置などに制約が生まれていたのだという。
 林田氏は,「どちらが大きく見えるか」という簡単な質問を交えながら,この事例を紹介していたのだが,端的に説明すると,近くにあるオブジェクトと遠くにある大きなオブジェクトを並べて表示したときに,平面画面上での3D表現では,その差を描き分けることが難しいという話である。美術の授業などで習う“遠近法”を想像してもらえば,その仕組みが分かりやすいだろうか。

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 これが3D立体視映像であれば,各オブジェクトの距離感はかなり正確に把握しやすくなると考えた林田氏らは,さっそくモック版を作ってその感触を確かめてみたそうなのだが,実際に遊んでみると,立体視によって奥行が明確になり,ブロックの高低差が認識しやすくなることが確認できたという。

「すべてのスタッフはハードを知らなければならない」――宮本氏は,ディレクターや技術者だけではなく,デザイナーなどにもハードウェアの知識を求めるという
画像集#003のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」

画像集#007のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」
 しかし,3D立体視は良いことばかりというわけでもなかった。
 問題の一つは,左右の目のどちらかの視力が悪い人が3D立体視の映像を見ると,ぼやけてしまって正しく映像を見ることができない点。もう一つは,プレイ中にゲーム機(スクリーン)を傾けてしまうと,やはり映像がぼやけてしまうことである。
 後者に対して,林田氏らは,基準面(物体を立体的にみる場合の基準となる面)をどこに置くのかを工夫することで,うまく対処できたのだと語る。これは,林田氏らのチームが映像のブレに悩んでいたとき,宮本氏が「マリオカート7はブレてないよ」と言ったことがヒントになったという。
 これは要するに,画面の中でよく見る部分に基準面を持ってくることで,プレイヤーがブレていることに“気付くにくい”状態にする,というやり方だったらしい。

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 さらに“ステレオウインドウバイオレーション”という問題も深刻だった。林田氏は「手で片目を隠すと見づらいと思います。それに近い感覚」と表現していたが,ようするに,カメラのすぐ手前にオブジェクトがあると,右目と左目の画像の差が大きすぎて,立体感が感じられない,あるいは画面が見づらくなるという問題だ。
 これに対して林田氏らは,「カメラの近くにものを置かない」「Depth-Range(立体の度合い)を低く調整」などといった制作側の配慮で対応しつつ,さらに「カメラを回転させない」という判断をしたのだという。せっかくの3D表示でありながら,カメラの活用を大胆に切ってしまうというのは,節目となる重要な決断だったのだろう。このようにして,アクションゲームに最適な3D立体視の使い方を探っていったのだという。

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「アイデアや発明,発見が大切」


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 数々の問題を解決させていきながら,林田氏らは一方で,「どうすれば,より立体的に見えるか」の研究にも余念がなかったようだ。それが顕著だったのは,下りの階段がある場合である。階段の高さの違いを3D立体視で見ると,より分かりやすいのだ。この発見は,スーパーマリオ 3Dランドのステージ1-3で活かされている。

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3D立体視で見やすい形状やテクスチャも,いろいろ試してみたようだ。画像では分かりにくいが,3D立体視で見ると,これがかなり立体的に見えるのだという
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 試行錯誤しながらも,なんとか3D立体視における映像の作り方が分かってきた林田氏ら開発チームだったが,そんなおり,宮本氏から「トリックアートはどうだ?」という注文が入る。3D立体視を使って,トリックアートのようなことができないか,というのだ。客観的に見ても,これがかなり難しい注文なのは間違いない。

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 とはいえ,ほかならぬ宮本氏の指示である。林田氏は,さんざん悩んだ末に,「3Dボリュームを使った仕組み」というアイデアで,この難題に取り組んだ。
 つまり,3D立体視をオンにしていれば分かるのに,オフにしているとトリックアートのように分からない――そんな仕掛けで,プレイヤーを楽しませようとしたのである。「スーパーマリオ 3Dランド」を遊んだことがある読者なら,すぐにいくつかの場面が思い浮かぶことだろう。
 本作のプレイヤーならば全力で同意してもらえると思うが,これは,単なる映像的な仕掛けに止まらず,ちゃんとゲームの中の“遊び”として取り込まれている点が「見事」と言うほかない。「トリックアートを使う」という無茶振りをする宮本氏も宮本氏だが,それにしっかりと応えた林田氏の手腕も凄まじく,宮本氏の視点の確かさや,林田氏ら開発チームの能力の高さがうかがえるエピソードだといえよう。

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「何を作るべきか,毎日考え続ける」


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 数々の難題をクリアし,「スーパーマリオ 3Dランド」を見事成功に導いた林田氏だが,彼はいかにしてクリエイターとしての実力を身につけていったのだろうか。
 「スーパーマリオ 3Dランド」の話が一段落したところで,林田氏は,1991年に実施された「任天堂・電通ゲームセミナー」のエピソードを語ってくれた。
 当時,大学生だった林田氏は,宮本氏(当時,教官を務めていた)がどんな人かも分からないままにこのセミナーを受講し,そこでゲーム作りの楽しさを教わったのだという。そして,そこで聞いた宮本氏の発言をノートに書き留め,今なお大切に保管しているそうだ。この中から,氏は以下の発言を紹介してくれた。

  • 「何を作るべきか,毎日考え続ける」
  • 「アイデアや発明,発見が大切」
  • 「何か情報収集した時は,自分なりに分析し,考える」

 言葉だけ見れば当たり前なことばかりかもしれないが,これを高いレベルで実践するのは相当難しいのも確かだろう。
 時は経ち,いまや林田氏が“教える側の人間”になっているわけだが,林田氏は,宮本氏のこれまでの発言をまとめ,ゲームセミナーで“宮本語録”として紹介しているらしい。そしてその手前,「宮本語録がゲーム作りでも有効であることを,私自身が証明しなければならなくなった」と続ける。スーパーマリオ 3Dランドも,「宮本氏だったらどう考えるか?」を念頭に置きながら,開発に取り組んでいたようだ。

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「何か情報収集した時は,自分なりに分析し,考える」


 ちなみに林田氏は,「宮本氏だったら3D立体視をどう活用するか」ということを考え抜いた結果,3Dマリオを“一度リセットする”必要性を強く感じたらしい。より具体的に言うと,3D立体視を駆使すれば,「2Dマリオの構造を持った3Dマリオを作れる」と考えたそうだ。

画像集#028のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」
 もともとスーパーマリオという作品は,空中にコインやブロックがたくさん配置されている構造のゲームだった。それが「スーパーマリオ64」になって3Dへと移行するとき,上記で書かれたような理由(3D表示で空中に物を置くと,距離感が掴みにくい)や,マシン性能的な問題(たくさんのオブジェクトを配置できない)があり,ゲームの“構造”を変化させる必要があった。2Dのマリオと3Dのマリオで,ゲームの文法を変化させざるを得なかったのだ(もちろん,3Dマリオはそれはそれで新しい形を作り上げたわけだが)。

 しかし,3D立体視を駆使すれば,距離感の問題などは解消できる。2Dマリオの構造を踏襲した,“新たな3Dマリオ”を作れるのではないだろうか。スーパーマリオ 3Dランドは,そんなことを念頭に置きながら作られた作品なのだという。実際,筆者が本作をプレイした時の最初の感触は「何か懐かしい」というものだったが,氏の言うところの「2Dマリオテイスト」が,その理由だったのかもしれない。

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林田氏は,自分の息子にマリオをテストプレイをさせてみたところ,最初はゲーム機の持ち方すら分からない状態だったという。しかし,30分もすると次第に操作を覚え,ゲームを楽しむようになったらしい。……ただ,当の息子は「コインを集めるゲーム」だと勘違いしていたようだが。林田氏は,宮本氏の「お客さんの好きなように遊んでもらえばいい」という言葉を思い出し,「なんだかんだで楽しんでもらえたなら良いのではないか」と言う
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「すべてを楽しもう」


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 ところどころで“宮本語録”を引っ張り出し,さながら宣教師のごとき林田氏なのだが,そんな氏が最後に引用した言葉が,宮本氏の「すべてを楽しもう」という言葉である。
 林田氏は,宮本氏のようにすべてを楽しむ姿勢が,ゲーム制作において重要な意味を持つという。さらにゲーム制作だけではなく,人生を過ごしていくうえでも,この考え方は大切なのではないかと,熱弁を振るっていた。

 例えば宮本氏は,水泳をするとき(健康のためにスイミングに通っているそうだ)に距離と時間を計り,どのようなペース配分にするのかを考えながら泳ぐのだという。それだけならまだ理解しやすいのだが,宮本氏はいつもメジャーを持ち歩いており,目に入ったもののサイズを目視で予測して,その結果で「自分のその日の調子」を判断しているそうだ。
 つまり,何気ない日常の行動の中でも,自分なりに面白みを見出し,楽しみながら人生を過ごしているというのである。そしてそれが,ゲーム作りにも良い影響を与えているのだと,林田氏は言う。

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 個人的には,編集部の最年長者である松本(こんな記事を書いている人)をなんとなく連想してしまう話だったわけだが,「好きこそ物の上手なれ」という言葉もあるように,どんな仕事であれ,楽しんでやれるかどうかというのは,もっとも重要なポイントなのかもしれない。

画像集#032のサムネイル/[GDC 2012]ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う――「スーパーマリオ 3Dランド」の林田宏一氏が語る「宮本語録」
 講演の最後に,林田氏は,昨年の大地震の経験について触れた。
 曰く,「地震が起きた後,どうすればよいのか分からなくなった」「そしてこんな状況で,自分自身がこれからも楽しく仕事していけるのか不安になった」……仕事に自信を失いかけていた林田氏だったが,ふと同僚から聞いた「ゲームを作るのが好きだからこの業界に入った」という言葉で,初心に返り,前向きに仕事に取り組めるようになったのだという。
 「自分たちにできることは,面白いゲームを作ること」――そう言い聞かせながら仕事に打ち込み,その結果,スーパーマリオ 3Dランドは無事2011年の年末に発売されたそうだ。そして発売後,あるプレイヤーから開発チームにコメントが寄せられる。

「このゲームをプレイしていたら,生きる希望がわいてきました」

 林田氏は「ゲーム開発の仕事は“特別”だと思う」「なぜなら,多くの人々に笑顔を与えられる仕事なのだから」と言う。そして,「会場の皆さん,ぜひゲーム開発を楽しみましょう!」と語りかけ,本講演は終了となった。

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 いろいろと学ぶべきことの多かった林田氏の講演だったわけだが,何よりも,純粋な意味でGDCらしい内容(開発者の苦労話)について語られたのが,任天堂のスタンスをよく表しているようで,とても興味深い。
 というのも,とかくビジネスレイヤーの話題が増えつつある昨今の“業界人カンファレンス”の中にあって,ゲームをどうしたら面白く作れるのか。どうしたらゲーム開発をより楽しめるか。そうした話題に綺麗に寄った講演は,むしろ少数派と言える気がするからだ。

 「余暇産業」とも言われ,生活に直接必要ない消費財を生産/提供しているゲーム業界。ゲーム業界とは,いったい何を売り,何をもって社会に必要とされているのだろうか。林田氏の講演は,そんな命題にも教示を与える内容だった気がしてならない。

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