インタビュー
「サマーレッスン」体験実録。「Project Morpheus」で話題沸騰の技術デモはいかにして生まれたのか。鉄拳チーム原田氏に根掘り葉掘り聞いてきた
すでに掲載されている体験レポートやインタビューと重なる部分もあるが,ここでは若干技術寄りの話も含めて,本作がどのような契機でどうやって生まれてきたのかを,原田勝弘氏のインタビューを中心にお伝えしてみたい。対応してくれたのは,原田氏と鉄拳チームで本作の企画を担当した玉置 絢氏だ。
※HMDにはソニーHMZシリーズやGoogle GlassなどのVR非対応のものもあるため,今回は視界のほぼ全面を覆うものをVR HMDと表記する
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Project Morpheusによる創世記は,夏色の世界から始まる。現実を塗り替える「サマーレッスン」の体験レポート
視線に反応して態度が変化。キャラクターモデルはレンズの歪みを計算して制作
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
原田氏:
4Gamer:
分かりました(と言いながら前に出る)。あれ,キャラクターが自分(プレイヤー)を避けましたが?
原田氏:
姿勢制御をかなり頑張っていますから,キャラクターはどの姿勢からでもこっちの衝突を避けるように作っています。
あと,途中で本を探して見つけてあげるところがあるんですけど,探しあてたら本を見つめてみてください。キャラクターが本を取ってくれますよ。
4Gamer:
見る? ああ,手じゃなくて視線での操作なんですね。
原田氏:
視線です。基本的に手に持つコントローラなどのインタフェース類は使いません。
(デモ中)
4Gamer:
ん? 今度はキャラクターがなんか怒っているようですが?
原田氏:
基本的に,キャラクターはこちらの視線を感じています。ですので,キャラクターが嫌だと思ったら,現実と同じように嫌がる反応をします。例えば,目を逸らさずに顔を見続けると怒られますよ(笑)。AIが,「どこを見られている」という情報を蓄積してるんです。
玉置氏:
VR HMDで見たときに,画面の中心はどこなのかっていうのを,キャラクターはプレイヤーから見られている場所として認識しているんですね。
原田氏:
それが目の表情に出てきます。
4Gamer:
なるほど。ところで,避けるっていうことは,VR系でよくある,いわゆる「潜っちゃう」ような事態は発生しないんですか?
原田氏:
基本的に,潜らないように設計されてはいます。ただ,無茶な速度で突っ込んだり,避けようがない状況になったら,実際に目をふさいだときのように画面が暗転します。
4Gamer:
なるほど。
原田氏:
VRというと,派手なゲームを想像されるかもしれませんが,乗り物とか,自分から急激に動けたり,水平線・地平線を傾けたりするようなものって,実はVRに向いたつくりにするのが非常に難しいんです。サマーレッスンは自分からあまり動かなくてよくて,視線だけで遊べるというのがポイントです。
4Gamer:
横に座ったときに,顔の前から,耳元から後ろまでちゃんと見えるので,本当に「すぐ側にいる」っていう感じがします。これは立体視とはまた違う感覚ですね。
原田氏:
女性キャラにするかどうかも,かなり考えた末の決断でした。理由の1つは造形の難易度が高いこと。デッサンって女性を選ぶじゃないですか。あれは普通の静物画を描くよりも,曲線がすごい難しいからなんですよね。男性だと,基本的にしかめっつらにしてればカッコいいんですよ。対して女の子って,フェイシャルアニメーションで違和感がないようにするには相当がんばらないといけないですよね。可愛いまま,違和感ないようにして,動きに柔らかさを出すとか,あと全体的なプロポーションとして人体をきれいに描くとかは,本当に難しいです。
4Gamer:
あえて難しいものからやっているわけですね。
原田氏:
そうです。それと,熊とかカンガルーとかを出してみると分かるんですけど,あまり目にしたことがないものだと,目の前にいても臨場感は湧かないんですよ。結局そうなると人間の男か女になるんですが,題材としては女性を先にやって,フェイシャルアニメーションだとか,モデリングとしてどう見えるかってところをクリアしておけば,そのあとはなんにでも応用できるだろうと考えました。
4Gamer:
顔立ちについてはどういう工夫をされているんですか。日本人好みの可愛いキャラクターという感じですけれど。
原田氏:
人間の顔立ちって,けっこう不思議です。写真を見て,あれ,この子ほんとはもっと可愛いのにって思ったことありませんか。それと一緒で,可愛さって造形じゃなくて表情なんですよ。造形だけだと判断できないので,これだけのフェイシャルアニメーションを入れてはじめて,トータルイメージが固まるんです。スクリーンショットで切り出すと意外と可愛く見えなかったり,奇跡の1枚みたいなものがあったりして,そこは本物の人間と変わらないですよ。
4Gamer:
これ,海外に持っていくとしたら海外用のモデルにするんですか。
原田氏:
モデルはバージョンによって変えるといった対処も可能です。あと字幕システムとかも入ってて,英語版に切り替えることもできますよ。
4Gamer:
VRだと,見る角度とかも意識して作っていますか?
原田氏:
そこもノウハウがあって,僕らが普段ゲームで使ってる顔とか体つきを基準に考えると全然ダメです。実は,VR HMDの映像は特殊なレンズを通して見るので,画像を歪ませて表示しているんですね。それも計算したうえで出さなきゃいけないモデルなんですよ。だから平面のスクリーンショットと実際に見たものとはけっこう印象が違うと思うんですけど。
玉置氏:
VR HMDはみんなそうなんですけど,普通の画面で出すのと違って,レンズを1回通しているので,視野角がいくらになるようにってハードウェア側で固定の基準が決まっていて,それに合わせなければいけません。普通,アニメっぽいキャラだったら視野角を狭くして,あまり奥行き感,鼻とか出っ張らないようにするんですけど。このモデルではそれができません。
4Gamer:
顔立ちにもずいぶん立体感がありましたね。スクリーンショットだと漫画チックにも見えるんですけど,実際に見るともっと丸っこい感じに見えます。ところで,キャラクターが実際よりも小さく見えたんですけど,これはスケーリングをすると大きくとか小さくとかできるんですか?
原田氏:
例えば,下側から見上げれば,小さくても巨人に見えますし,寄れば寄るほど,スケール感が狂ってきます。あれくらいの大きさに作っておかないと,トータルで見終わったあとの体感として,部屋の空間にいたって感じが出ないんですよね。
4Gamer:
視野にぴったりと合わせられないんでしょうか。
原田氏:
それをやろうと思ったら,今のレンズではダメですね。結局,眼球とは別の光学手段を噛ませているので。それをやるなら別の方式が必要です。あと3世代先くらいになったら網膜照射(※網膜に直接,映像を投影する表示デバイス)になると私は予測していますが,それまでは難しいでしょう。個人差なども考慮しはじめると,視線を取るところから始めて,次に網膜照射ですか。それくらいしないと違和感を完全になくすのは無理でしょうね。結局,モニターを見ていることに変わりはないので。
4Gamer:
3Dテレビとか,3Dテレビ対応のゲームとかの深度の調整があるじゃないですか。ああいう感覚でスケール感の調整機能を入れるのはどうですか。それとも,今回のように決め打ちでやったほうがいいんでしょうか?
原田氏:
3DSの3Dボリュームとはまったく理屈が違うので,ああいうわけにはいかないですね。画角(視野角)を変えると描画の範囲を変えることになるので,処理が変わります。すると,見えないはずのところが見えたり,見えなきゃいけないものが見えなかったりといったことが起こってきます。また,処理の重さにも変動が起きるので,フレームレートを保障できなくなるんです。VRでは,フレームレートの確保は重要ですので,結局,どのゲームでも平均的に一番いい体験ができるところに合わせないと難しいでしょう。
原田氏:
部屋の大きさも,会議室や教室から,広場・草原まで,いろいろ試したんですけど,スケール感は相当ずれが出るんですよ。比較対象物が近くにないとスケール感自体もよく分からなくなっちゃいますから,広いところは臨場感を出そうとするのには向かないですね。
だいたい「みんなが体験したことがあるであろう日本人の部屋」の広さを再現すると,こうなるわけです。この机だとか,エアコンも重要なんですけど,ああいうのがあると。現実との体験と一緒になるので臨場感を得られるんですね。
4Gamer:
しっくりくる感じというか,自分の家にいるような安心感がありますね。机は感動しました。小物もけっこうありますね。
玉置氏:
部屋の小物とかは,女性のデザイナーさんが作っていて,ぬいぐるみとか小さいものが置いてあったりします。そういうものも大事なんですよ。なるべく情報量の多い空間のほうが,より現実味を感じます。
4Gamer:
でもこの子,ちょっと,サメが好きすぎじゃないですか?
玉置氏:
それは作ったデザイナーの趣味です(笑)。ベッドの下のところにもデカいサメのぬいぐるみがありますよ。時計もちゃんと秒針が動いています。
4Gamer:
細かいですね。あと,左脚に絆創膏が貼ってあるのが気になってます。
原田氏:
格闘家は男だと傷があるとか,鼻が折れた跡があるとかいうのをやってます。女の子に傷を付けるのはどうかと思うんで,「せめて絆創膏を貼れ」と鉄拳でも言ってるんですけどね。誰も貼らなかった。今回ようやく実現しました。昔はテクスチャを左右対称で使ってたんで,左側だけに貼るとかは嫌がられたんです。そこは仕方ないんだけどさ,なんで絆創膏1枚貼るのに20年もかかるんだと(笑)。
玉置氏:
その前にやるべきことがいくらでもあるじゃないですか。
一同:
(笑)
本当は難しいVR。3DゲームをVR HMD対応しただけではうまくいかない
4Gamer:
「サマーレッスン」って,体験してみると,目の前の情報だけで頭がいっぱいになって,リアルな自分の体のことはしばらく忘れますよね。
原田氏:
いちおうダミーで自分のひざとかを表示していますが,あれも意外と重要なんです。もしVR HMDでレースゲームを作ったとしたら,ハンドルを持つ手をちゃんと作ってあげないとダメなんですよね。それが連動する仕組みになっている方がリアルに感じられるんです。ないと「あれ,オレの手はどこだ?」ってなっちゃったりして。
4Gamer:
体験がリアルなだけに,自分の身体もほしいところですが。
原田氏:
実はVR HMDって,僕らも最初はいろんな間違いを犯したんですけど,いろいろ想像して「あんなこともできる,こんなこともできる」ってやっていくと,実は「これは違う」というのがたくさん見つかるんです。なので,今のところですけど,万能なバーチャルリアリティツールというわけではなくて,逆算したうえで作っていかないといけません。
「コンテンツが全部3Dでできあがってるので,あとはVR HMD対応させるだけ」といったことはほとんどないです。
4Gamer:
今後は,「鉄拳7」や「エースコンバット」もそうですけど,これ専用のゲーム特典とかで,一八をMorpheusで見られるとか,実績解除のボーナスで見られるとか,それはそれで楽しそうに思えます。
原田氏:
そう思っていろいろやってみたんですけどね,やるときは専用に作りなおしたソフトかモードでないと。「Morpheus対応ソフト」って考えも出てくると思うんですけど,普通の対応の仕方じゃダメです。
4Gamer:
でも今回は,「鉄拳7」のチームが参加しているわけで,ノウハウがあるわけじゃないですか。今後,「鉄拳7」の家庭用が出るとなったときにMorpheusがあれば特典で,一八の技をMorpheus視点で楽しめるとかあってもいんじゃないですか?
原田氏:
それもすでにテストしてみましたけど,あまりよくなかったんです。たぶん,今,想像されているものとはけっこう違う体験になってますよ。
皆さんが想像しているものって,頭のなかでうまく補完されちゃっているので,それを含めて実現しない限り無理なんです。普通にやると「いや,僕が言ってるのはこういうことじゃないです」ということになります。これだったら,画面の四角を気にせずに,中に入ったような感じでキャラクターと格闘できるほうがまだいいかもしれません。
4Gamer:
「ACE COMBAT」とかは割と向いているのでは?
原田氏:
いや,そのままではまったく向いてないですね。水平線が激しく回転すると酔う,という別の意味でまったく向いてないです。そのままVR HMDにしたら,たぶん,酔わない人はいないんじゃないかな。体験者全員を吐かせる自信ならありますよ。
4Gamer:
初めて戦闘機に乗るっていう体験ができるじゃないですか(笑)。
原田氏:
まあ,そういう意味ではそうなんですけどね。筐体を360度一緒に回るように連動させればいけるかもしれないんですが。体を固定するのはダメですね。
もちろん,VR HMD向けにゲーム性からちゃんと作り変えれば,かなり臨場感のある体験ができると思います。
4Gamer:
Morpheus用でも「EVE: Valkyrie」とかはありますけど。
原田氏:
あれは宇宙空間だから。地面がないとか,いろいろ考えられてるんですよ。ちゃんと。全部逆算でできています。
4Gamer:
確かに宇宙だとあまり酔わなかったです。
でも,ジェットコースターのやつ(※Unreal Engine 4のRift用デモ「UE4 Rollercoaster」)では,付けてる人がすっ転んだりしてましたよね。
玉置氏:
みなさんけっこう驚かれたり笑ってたりしてましたけど,ああいうことは容易に起きます。そういうところをちゃんと意識して作らないと危ないこともありますよ。あのジェットコースターも,実は多くの場面で水平を維持しているんです。本物みたいに変に回したりはしていないから,ちゃんと体験として成立しているんですね。
4Gamer:
あと,バンナムさんには「リッジレーサー」があるじゃないですか。「リッジレーサー」のリプレイモードをVR HMDで楽しむとかはアリだと思うのですが。
玉置氏:
車は向いてますね。水平移動ですから。
4Gamer:
では,現状一番向いてるのは,人同士のコミュニケーションと,車の運転という感じですか?
原田氏:
意外と広いんですけど,原則論として,「やらないほうがいいことがいくつかある」と考えていった方が分かりやすいかな。水平線・地平線を15度以上傾けるとか。
あと,やらないほうがいいって話の脈絡だと,VR HMDでは人を"驚かせる"ホラーゲーム的なものを作るのって,ある意味割と簡単なんです。怖がらせるのと驚かせるのってちょっと違っていて,怖いかどうかは演出とか世界観だと思うんですけど,驚かせるのは五感での察知です。瞬時に危険を察知して体をこわばらせる,そういった,アナログの体験とは比べ物にならないくらい,デジタルなモノでは矢継ぎ早にイベントを起こせるじゃないですか。で,反応が付いていけない状態になったときに体感シートで揺れるとか傾くとかされたら,驚きます。でもそれって危険でしょう。
4Gamer:
そういう部分の理解や判断も,作品を作るときには必要になるわけですね。
原田氏:
SCEさんと最初に話したときに,まず「驚きとかびっくりしてしまう」系のものはできるだけ避けましょうというガイドラインを引いて,それを踏まえて作ってました。VRだと,キャラクターが後ろから話してくるだけでびっくりする人もいるんですよ。
4Gamer:
わかります。まったく気配がないところからいきなり声をかけられて驚いたりしますよね。
原田氏:
あとは,意外と単純なんですけど,3Dモデルだけじゃなくて,360度カメラをラジコンに付けて,走らせるだけでゴキ○リ体験ができます。ヘリコプターに付ければ浮遊体験ができます。個人的にはグランドキャニオンの上から落ちるといったものも作ってはみたい。リアルじゃ絶対やりたくないですが,単純なエンターテイメントとしては面白いですよ。
4Gamer:
視覚で与えられる映像として,楽しめるものは多いと思うんですけど,自分から能動的に戦闘に飛び込んでいくとか,激しいバトルを体験するのは難しそうですか。
原田氏:
4Gamer:
それはそうですよね。
原田氏:
ただ,それって,本来の体験じゃないですよね。VR HMDでやる場合って,サバゲーとかリアルと一緒で,銃はこう(肩に構える)じゃないですか,自分の視点はこうしたいですよね(横を見回す)。見たところを撃ちたいわけじゃないんです。そうすると,やっかいなのがこのデバイスで納得できるかっていうことで,納得できるわけがない。銃口が(視線と一緒に)キョロキョロするとかおかしいですし,デバイスで銃を持たせるなら,今度は反動がなきゃ不自然になります。
4Gamer:
目から入ってくる情報がなまじリアルな分,ほかのところの感覚に技術がついてこなくなるような感じですか。
原田氏:
結局,ちゃんとしたデバイスが欲しくなっちゃうんですよ。僕らのゲームは,できるだけコントローラも持たせないですし,何かを動かすみたいな作業はさせません。体験を阻害しないようにあえてそうしているんです。
4Gamer:
PlayStation Moveの仕組みだと,バイブレーションもガンアタッチメントもあります,ああいうのが,Morpheusによって返り咲くみたいなこともありそうですね。
原田氏:
それはあり得ますよね。PS Moveは通常のゲームには向いてないと思うんですが,今回のMorpheusにはぴったりだと思いますね。ただ,銃の角度をきっちり取るのは難しそうです。
4Gamer:
パワーグローブみたいなものがほしいところですね。
原田氏:
そうですね。今,Leap Motionみたいなセンサーが流行ってます。身体に付けるものからカメラで見るものからいろいろあって,そういうものを使うと,指ごとの動きをとれるので,腕と指のトラッキングができます。MMORPGの魔法使いみたいなことをそのままできるようになります。
4Gamer:
こういうのでMMORPGをやりたいと思う人は多いと思うんですけど,まだまだ難しいんでしょうか。
原田氏:
ソフト的にも難しいところはあるんですけど,僕らの経験上,現状のVR HMDって装着時間は20分くらいが限界なんですよね。僕らのゲームは酔わないように,自然にさせる技術はたくさん入れていますし,まだ快適なほうなんですけど,それでもソフト的な挙動と,ハードが顔に引っ付いてることで限界点って必ず来ます。
MMORPGって,ゲーム的に10分や20分ではやった気にならないでしょう。実際にこれを1時間付けてゲームをプレイするところまではなかなか想像できないんですよね。
4Gamer:
そう考えると,このデモはよく練られてますよね。
原田氏:
先ほどの話に戻りますけど,すべて逆算に基づいて作っていますから。VRでやっちゃいけないことをやらないようにしていくと,こういう感じになるわけです。「僕らが勝手に想像する未来の理想」はまだ追い求めてないんですよ。あくまでも"今のハード"に合わせた形で作っています。
VR対応VR HMDは,まだ携帯電話でいえば第1世代みたいなもんです。3年後,5年後とかには,ハードが今とは比べ物にならないくらい軽くなって,ワイヤーからも開放されて,首じゃなくて目の視点,網膜照射とかになってきたら,いよいよ本当のバーチャルリアリティの世界が始まります。そのときに初めて"今まで言ったような制限"のないゲームが作れるんじゃないですか。
4Gamer:
ちょっと質問が飛びますけど,バンダイナムコさんにとって,SCEさんは重要なクライアントだと思います。一方でVRではOculusのようなどこのプラットフォームでもみたいなのもありますよね。
原田氏:
僕は,個人的には3年前からVR関係をやってて,2年くらい前からは実際にいろんな検証を始めているので,最初にいじってたのはOculusなんですよ。Oculus Riftは今でも叩き続けてますし,Oculusのファウンダーの人達とは親交もあります。
アニメエキスポでも,「ソードアート・オンライン」のデモは,うちがRift用に作って出していました。「サマーレッスン」と同じチームです。僕らはVR HMDは,来年や再来年の話ではなく,3年以上先を見てやっている感じなので,Morpheusだけにこだわっているわけではないですね。
4Gamer:
将来的なVR展開のための基礎を固めている感じでしょうか。
原田氏:
そうなんですけど,VRで一番苦労するのって技術的なところじゃないんですよ。僕らがなんで今回SCEさんと組んでやってるかっていうところからお話ししましょう。
Oculusでもいろんなデモってあったじゃないですか。あちこちでニュースにはなったと思うんですよ。ただ,「サマーレッスン」って,ちょっと手前味噌になりますけど,まだ誰も体験していない段階で,ものすごいオーディエンスを得られていますよね。ニュースで一気に有名になって,テレビも新聞社も来ました。大ニュースになって,世界中を巻き込んで注目されています。これが重要なんですよ。何が起きてるかっていうと,「一般化」が進んだと思うんですよ,一歩だけ。SCEさんがVRをやるというのは,それだけ意味があるんですね。SCEさんがやることで一般化するってことがとても重要なんです。
4Gamer:
一般化ですか。
原田氏:
例えば,こういう新しい技術は,昔だったらアーケードゲームが牽引してたわけですよ。ソフトでこういうことをやりたいからハードはこれがいるとか。立体視や体感だってアーケードで全部やってきたんですけど,あるときから,PlayStationだとか,コンソールの箱のなかにすべて入ってしまいました。いろんなデバイスがあまり出なくなってしまって,閉じこもっちゃったと思うんですね。
今回ようやく,新しいVRの再定義みたいにこれ(Morpheus)が出てきて,みんなすごいって言うんですけど,ゲーム業界のほうも変わってしまっていました。
4Gamer:
といいますと?
原田氏:
いまは一大産業になっちゃってるんですよ,我々の業界って。昔はそうじゃなかったですよね。企業としても小さかったですし,やってることも奇想天外で,みんなパイオニアとして,インディーズみたいな動きをどのメーカーもしていました。
具体的に今はどんな動きになるのかっていうと,Morpheusが出ますってなったときに,「ハードの受け台数何台になるの」って。これ,ニワトリとタマゴの関係です。世の中にいきなり最初から100万台500万台が普及してるなら,誰だってソフト作るじゃないですか。
Morpheusが,ある程度すごいっていうのは分かってても,ソフトがないと売れないですよね。ソフトを作る側からすると,ハードが出ないと作れません。100台200台売れたところでどうなんだと。そうなると,なにも動かないわけですよ。
4Gamer:
そうですね。3DSみたいに標準搭載のものでさえ,最初は対応ソフトで苦慮していた感じですし。
原田氏:
最初は,映像を見せてプレゼンをしていたわけですが,それに意味がないということに気づくのに時間がかかったんですよね。みんなポカーンとして。
4Gamer:
VRは体験しないと分からないところが多いですよね。
原田氏:
はい。それである日映像を見せるプレゼンはやめたんですよ。代わりに,VRを体感した人の声を,例えば「○○営業部の□□部長」が「うわーすげぇ!!」って言ってるところを見せたり,うちの社長が「なんでこれをもっとやらないんだ」と驚いてたり,そういうのを出すようにした。みんなもそこで初めて頭を働かせて,普段冷静なあの人が「これはすごい」って言ってるんだから,どんなにすごいのかって考え始めるんです。
4Gamer:
なるほど。
原田氏:
そこから「僕もやってみたい」っていう輪が広がるんですけど,うちの社内でさえこれですから,世間に広げるのは相当しんどいなと。これを浸透させるのは,家電量販店なんかに体験コーナーを置くとかじゃ話になりません。どうやったら一般化できるのかなって考えてるときのMorpheus発表だったんですよ。SCEさんがやるんだったら,一般化が進むぞと。
4Gamer:
世界のソニーですからねえ。
原田氏:
3月のGame Developers Conferenceより前の段階で,各メーカーに「こんなものがありますよ」という発表があったのですが,その日の夕方に,私はSCEさんと話しました。1つやりたいことがあるので,明日企画書を持ってきますと。その勢いで進めたんですよ。一般化させましょう,絶対大きいニュースを作りましょうと。
4Gamer:
それが「サマーレッスン」の始まりですね。
原田氏:
社内でも最初は20代の社員以外は誰も乗ってこなかったですよ。そして次第に,業界単位でも困ってるのがわかったわけです。そこで,私とSCEさんが考えたのが,デモを作って,そのデモをいろんな会社にガンガン配りましょうということです。それを前提に作ったんですよ。社内の空気も変えたかったですしね。
4Gamer:
これは元々そういうものだったんですか。
原田氏:
そうです。で,案の定,発表したら,どの会社もその日に興味をもっていただいて,SCEさんに問い合わせ殺到ですよ。
ほかでも業界の大御所さん達が,あれをやってみたいって大騒ぎしてくれる。国内のいろんなデベロッパが「やります」という,この流れを作りたかったんです。
4Gamer:
これをほかのゲームスタジオに提供するというのは,ソースレベルというか,アセットごとですか。
原田氏:
基本的には全部渡そうと思ってます。ノウハウを提供しようと思ってるんで。SDKってあるじゃないですか。その説明書のなかに我々のノウハウを書いてますけど,「こうしたほうがいいです」ということを全部業界的に共有して,どんどんこのサイクルを早めようと考えてるんです。それが最終的に僕らの利益にもなるんで。
4Gamer:
と言いますと?
原田氏:
デモを配ってなんの得があるのかともいわれますけど,得するに決まってるんですよ。VRを世に出して,みんなにすごい体験をさせたいのに,ほかのメーカーが様子見しますって言ってたら,いつまで経っても実現しないわけですから。
4Gamer:
ああ,分かります。
原田氏:
「サマーレッスン」は,いろんな人達を巻き込んで,ここまで話題にできた初めてのソフトだと思います。少なくともVR HMDでは。これを起こさないと意味がないんです。
ポリゴンの時代,ポリゴンの良さを一般化するのって,僕らも一生懸命ゲームセンターでやってましたけど,やっぱりマニアックなものでした。でも,それがPlayStationで一気に広がって,そこから表現は全部変わったじゃないですか。PlayStationが一般化させたんですよ。ああいうムーブメントが起こらないと,進化しないですよね,技術は。
4Gamer:
そこは見事に成功しましたね。
ただ,ゲームに携わる人間にとってはある種の理想像じゃないですか,仮想現実って。なのに最初にゲーム会社の社員の賛同を得られなかったというのが意外です。自分だったら,思い描いていた理想像だからぜひついていきたい。なぜそこで賛同を得られなかったのかなというのは不思議に思えます。
原田氏:
この業界にいるからこそ,素人じゃないので,商売のことを考えちゃうんですよ。開発費だって何千万,何億ってかかります。けれど何億かけても,それが戻ってこない限り,次は作れません。それが商売の基本じゃないですか。
4Gamer:
そういう部分は,大きな会社ほど難しいかもしれませんね。
原田氏:
でも,業界としてはやっぱり,簡単にはなかなか一歩を踏み出せません。世に1台も出てないものに投資するというのは,相当な勇気がいると思うんですよ。共感はできても,具体的に次の一歩を踏み出すには。
4Gamer:
それが「サマーレッスン」の反響で動き出したと。
原田氏:
ちょっと計算外だったのは,TGSで初めて体験した何人かが大騒ぎして,それがだんだん波及すると思っていたのに,発表した時点で大騒ぎになってしまったところですけどね。「誰もやってないのに早いよ」って(笑)。
4Gamer:
本当にものすごい反響でしたよね。今年一番のインパクトだった気がします。
原田氏:
そうなんですよ。うれしいことではあるのですが,「鉄拳7」で店舗間通信やるとか,「ポッ拳」とかもすごく注目されてたのに,「サマーレッスン」を出した瞬間皆の注目はそっちばっかですよ(笑)。
一同:
(笑)
原田氏:
この間,週末3日間で「鉄拳7」のロケテストやったんですけど,結果的に,今までのシリーズのなかで一番人が来てくれました。注目されてよかったんですけど,不安だったんですよ。だから,そうだ,1回プレイしたらサマーレッスン1回体験できるチケットがもらえるようにすれば,たぶん大行列ができると(笑)。それを言ったら,鉄拳チームのやつらが,立場が逆転してるって。おかしいなぁ,と。
4Gamer:
それやったんですか?
原田氏:
いや,やりませんよ(笑)。そんなことしたら本当に関係ない人がいっぱいきちゃいますから。そんなことしなくても,ロケテには若い世代が想定以上に集まってくれて,大盛況でしたし。
4Gamer:
サマーレッスンもなにかやりますか?
原田氏:
SCE主催で,体験会を11月29,30日にやります。
※すでに応募は締め切られています
アニメキャラでもやれる。でも「高次元」だから次のステップでやりたい
4Gamer:
楽しみ方にもよると思うんですけど,もし,Morpheusでいわゆるキャラゲーを出す場合って,そのままキャラクターを持ってくるわけではなく,一から作り直したほうがいいのでしょうか。
原田氏:
完全に一からとは言いません,例えば,「ソードアート・オンライン」なんかは,けっこう,ゲームに近いのかな。
玉置氏:
元々,ゲームで使っていたものに近いですね。
原田氏:
それを,ポリゴン数とかモーションを多くして,トゥーンシェードで再現してるんです。あれなんかも,アスナが昼寝してて,起き上がるようなデモなんですけど,キャラクター好きからすると,あれは,ほんとにアスナみたいな感じで,「おおっ」というのはあると思いますよね。だから,ただ鑑賞するだけなら,けっこうそのままでも,使えるものもあると思います。
4Gamer:
微調整でなんとかなるんですね。アイマスのライブがVRで見られるとなると喜ぶ人は多そうです。
原田氏:
まあ,アイマスはアイマス以外のなにものでもないんで,いいんですよ。
問題は,やった人が,アイマスを知らないという場合です。例えば,そこらへんのおじさんおばさんにあれを見せてどう思うかと聞くと,まず「これはなんですか?」というところから始まってしまいますし,「可愛い絵が出てるね」と,反応がぶれちゃうんですよ。
4Gamer:
なるほど,一般化できてないわけですね。
原田氏:
IPは価値観で,すでにできあがってるアイドルマスターとかって高次元なんですよ。産業の次元でいうと高い次元なんです。二次元だから低いんじゃないんですよ,むしろ高いんです。そういう高次元のものを一般化するのって難しい。そこらへんのお母さんにアイマス見せて,VR HMDの体験として正当な評価を得ようとしても無理でしょう。
これ(サマーレッスン)は誰がやったって分かりますよね。「あっ部屋だ。女の子がいる。自分に向かってしゃべってる」と,すべてが現実と変わらないというのが重要で,だからそうしているんですよ。でも,最初はね……。
玉置氏:
相当ケンカしましたね(笑)。
「アニメでやらないんだったら抜けます」くらいの勢いでした(笑)。
原田氏:
彼らが満足するものができて,アニメファンやアイマスファンからすればたまらないものはできたと思うんですよ。私も個人的に遊んでみたいですし。でも,まず一般のニュースソースをも騒がせる話題を作りたかった。で,「オレが狙ってるのはそこじゃない,お前らの夢を実現するには,まずVRを一般化させなきゃ無理だ。そのためにはいろんな人が興味をもってもらえるものを作り,大きいニュースにして,世の中の価値観が向いたところで「バンダイナムコならアイマスもテイルズもありますよ」となって初めて価値を生むわけじゃないか。それが分かってないんだよ」と。しかも結果的にあの内容で狙い通り話題沸騰しましたからね。
玉置氏:
こっちは涙目で「じゃあ原田さん,これやったら,あとでちゃんとアニメもやれるんですよね? やれるんですよね? やれるんですよね?」って(笑)。
原田氏:
トゥーンシェードはあとから出せばいいから,難度の高いことを先にやろうよと。
4Gamer:
よくわかりました。すべてはVR HMDが一般化してからの話なんですね。
原田氏:
そうなんです,踏むべき段階をしっかり考えているんですよ。
玉置氏:
けっこう大声でやり合ってたから,「鉄拳チームで原田さんとすごいケンカしてたけど何やらかしたの?」って(笑)。
4Gamer:
(笑)
原田氏:
こいつらは「原田さんは,今のアニメ好きとかゲーム好きのことを分かっていない」なんて言ってくるからさ。いや,そうじゃないんだ,そこじゃないんだよ,と。
玉置氏:
「なんで響く人のことを考えないんですか」と言ったら,「そういう人達はもうVR HMDがもたらす体験の凄さが想像できちゃう層だから(あとで)いいんだ」と。
4Gamer:
初めてOculus Riftを借りてやったときに,それは感じましたね。ミクと握手したい人は買ってくれるだろうけど,そうじゃない人はどうするんだと。
原田氏:
本当に大変だったんです。なにより自分の考えをどう一般化するのか,どれだけ大きな話題を作れるかに,かなり苦労しましたから。
VR熱の根源は「アウトラン」と「アフターバーナー」!?
4Gamer:
今回,「サマーレッスン」が生まれたのって,原田さんの先見の明があったからだと思うんですけど,バーチャルリアリティ的なものに対して,憧れというか,いつかやってみたいという気持ちは,いつ頃からか持っていたんですか?
原田氏:
でも,あれだけは親の目を盗んで,ショッピングセンターの屋上とかに行って,脳汁が出るくらいやりまくりました。これはすごいなと思って。
4Gamer:
アフターバーナーは,ダブルクレイドルの筐体に入ったときの高揚感は凄かったですよね。
原田氏:
当時の僕らにとっては本当に刺激が強すぎました。そのときはまだ,言葉としてバーチャルリアリティというのはなかったんですけど,頭のなかにその臨場感だけは残ってて,臨場感って重要だなと。それがまずきっかけなんですよね。
次のウェーブが来るまでには時間がありました。ポリゴンゲームの時代ですね,とくにFPSジャンルです。なかでも「メダルオブオナー」が登場したときは衝撃でしたね。PCの最初のノルマンディー上陸作戦のやつです。それまでもFPSは好きだったんですけど,あれで,急に映画のなかに入るような,臨場感が出たじゃないですか。演出が入って,大量の兵士がいて,波があって,上陸してっていう。ゲーム性の,狙って撃つって部分はまったく変わらないのに,急に体感ゲームになったんですよ。
4Gamer:
だいたい2000年頃の話ですね。
原田氏:
次に「コールオブデューティー」が出て,「バトルフィールド」もそういう風になっていって。まさに昔やった「アフターバーナー」とかの世界が,これだけの描画のスペックでできるようになってきたというところに,MorpheusやOculusみたいのが出てきたじゃないですか。これはついに最盛期が始まると思ったんですよ。
4Gamer:
幼少期から刻み込まれたものが,今芽吹いたという感じですか。
原田氏:
そうですね,しばらく忘れてましたけど(笑)。
4Gamer:
今,お話を聞いていて,我々は大人になって忘れがちでしたけど,中学生とか子供に対する影響を考えると,ちょっと怖くもありますね。
原田氏:
4Gamer:
今はVRの最前線を走ってると思うんですけど,最前線を走る身として,Morpheusが一般に浸透して,専用コンテンツが当たり前のように出る時代は,何年後くらいになると想定していますか?
原田氏:
僕は3年以内にそうなってほしいと思ってます。けど,3年じゃまだ追いつかないかもしれません。
4Gamer:
あと3年は死ねないですね。
原田氏:
そうですね。あと3年は生きていてください(笑)。
4Gamer:
生きる目標もできましたし,その日を体験できるように頑張ります(笑)。本日はありがとうございました。
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