イベント
[CEDEC 2015]「サマーレッスン」制作事情テクニカル編:若手スタッフが挑んだVRデモ開発の実際
このセッションにはバンダイナムコエンターテインメントからプロデューサーの原田勝弘氏,ゲームディレクターの玉置 絢氏,バンダイナムコスタジオからリードプログラマの山本治由氏,アートディレクターの吉江秀郎氏,リードアニメーターの森本直彦氏が参加している。とはいっても,原田氏はほぼ挨拶だけで,若手スタッフ中心の発表となった。
まず,サマーレッスンは,ゲームというよりは3Dのリアルタイムデモと同じ仕組みのものだと説明された。リアルタイムデモの作成手順はというと,プロットを作る,シナリオを書く,さまざまなセクションと協業するための字コンテや絵コンテを作って,アニメーションや音の収録を行うといった流れになるのだが,一般のリアルタイムデモとは違って,映像を作るのではなく,「リアルタイムに動く空間を作る」ことが特徴となっている。
ヘッドマウントディスプレイではプレイヤーが視界を決めるので,カメラワークというものも存在しない。かといって,デモの目的があるのでプレイヤーに好き勝手にさせればいいわけでもない。どうやってプレイヤーの視線を誘導するかなどが重要になってくる。
玉置氏は,VRで演出を行う際の注意点をまとめていたので以下に示しておこう。
下のスライドは,サマーレッスンで玉置氏が実際に使った字コンテだ。女の子が本を探すシーンのものとなっている。こちらのムービーでいうと,6秒めから12秒めくらいの部分にあたる。
女の子が本棚の前に移動するので,プレイヤーはだいたいそっちを見ているはずといったことまで想定して処理を行っていることが分かる。また,当初は強制的に視界を誘導するイベントも想定していたそうなのだが,試しているうちに視界操作はありえないと気づいたので,実質的にプレイヤー状態の視界の部分は使用されていない。
キャラクターや舞台となる部屋などが欠片もできていないうちから,VRのシーンを演出して,実際に空間内でどのように見えるのかなどは想像しづらそうだというのは誰にでも分かることだろう。玉置氏は,まず実空間でシミュレーションをしながら作業を進めていったのだという。つまり,部屋の中に机と椅子を置いて誰かに座らせてコンテの読み合わせを行いつつ,「この角度だとここが隠れる」とかキャラクターとの位置関係を調整していったわけだ。VRが現実のシミュレーションに利用できるように,実現実もVRのシミュレーションに使えるのは納得できる話だろう。
それにしても,前例のない作業を短期間で実行したにしては,ずいぶん無駄がなく理にかなった工程が取られているように思われる。サマーレッスンを体験する機会は滅多にないのが残念だが,その機会に恵まれたらあらゆるものが計算されて配置されていることを意識して見てみるのもよいだろう。
まず部屋だ。2014年版は狭い空間で女の子と一緒にいるというコンセプトなので,1部屋だけのデザインとなっている。演出上必要になる机と椅子,そして本棚の位置が指定されたラフをもとに間取りを決め,デザイン画が作られている。間取りをざっと見た限りではだいたい7畳半か。
女の子の部屋らしく作り込み,生活感が感じられるような小物なども配置している。情報量を上げたほうが実在感を感じやすくなることもあってか,かなりしっかり作り込んでいることが見て取れる。
ベッドの横にサメのぬいぐるみが見えるが,小物担当の女性デザイナーがサメスキーさんだったそうで,部屋のあちこちにサメをモチーフにした小物が散りばめられている。
スイカ柄やパンダ柄のサメ(シャチ?)など,さまざまなバリエーションのものが配置されているので,機会があったら探してみよう。このサメ達はスタッフにも好評で,同社のUnreal Engineのスプラッシュ画面にはサメのぬいぐるみが使われているそうだ。
2015年版(E3版)の背景アセットは,部屋と開放空間を組み合わせたものとなっている。2014年版と比べるとモデリングされている範囲はかなり広がっているという。庭の向こうには駆けて行けそうなくらいの距離で海が広がっている。
演出上の要求仕様として出された図には縁側と庭(というか縁側だけ)しかなく,残りの部分はしっかり間取り図を作って作り込んでいることが分かる。イメージイラストでは田舎の風景と海が強調され「日本の夏」の雰囲気があふれている。
庭先の風景など3Dモデルで作り込むのは大変だったのではないかと思うが,イメージイラストそのままではないものの,アサガオもヒマワリもちゃんと再現されている(よく見るとヒマワリが太陽の方を向いていないので,変かも)。むしろ古民家の雰囲気は増している感じだろう。
室内の小物もいろいろと揃えられている。麦茶と急須が置いてあって「どんだけ水分取るんだ」と突っ込まれたこともあったそうだ。
2015年版では,GUIが拡張されており,そのためのデザインも行われている。シーン内の小物とインタラクションが取れるのも特徴だ。最後には大きめの小物も登場する。
キャラクターについては,「直球勝負」だそうで,2014年版では元気系の女子高生のイメージで,2015年版では日本にやってきたアメリカのアーティストの女の子という設定だそうだ。
次にキャラクターのプロポーションについて語られた。
下図の真ん中のものが2014年版の女の子のボディとなる。あまり誇張もなく標準体型だ。ちなみに左側は鉄拳のシャオユウで,意外とゴツいというか,手足の末端部をデフォルメした格闘ゲーム向けの体系となっている。右はアイマスの天海春香だ。頭が大きく手足が極端に細いアニメ体型で,リアルサイズで目の前にいるとちょっと怖いかもしれない。
初期段階では部屋の中に仮モデルを置いて見え方の検証をしていたという。
髪がないのも変なので適当にシャオユウの髪の毛の乗せていたそうなのだが,重力のないツインテールは大不評だったらしい。
2015年版では,モーションキャプチャを担当した外国人アクターの身体サイズにキャラクターを合わせるという試みを行っているという。リアリティのあるプロポーションになるのはもちろんだろうが,キャプチャデータの補正が必要なくなるなどのメリットもあったようだ。
制作期間が短かったこともあって,ボディ部分のディテール(Z-Brushのデータ)やボーン構造,フェイシャルのデータは他作品から流用しているとのこと。
過去に何度かお伝えしているように,サマーレッスンは制作スタッフ間で「アニメキャラがいい」「リアルなキャラがいい」といったプロジェクト初期の論争があったという。リアル系でいくということで決着はついたのだが,吉江氏は双方の主張を聞いていたので,ある程度,アニメ的なキャラクターの要素も汲んでデザインされているという。2Dアニメ系でもなく,かといってリアルリアルした3D系でもない「2.8Dくらい」とバランスでまとめてあるという。
こういった,アニメ顔の影響を持つリアルキャラというのは別に特別なものではなく,鉄拳などでも普段から作っていたものだったそうで,その点ではそれほど苦労はしていないとのこと。
苦労した点としては,VR対応HMD特有の画面の歪み問題があったという。歪んでも可愛いキャラにするにはどうすればいいのかなど,試行錯誤があったようだ。また,揺れモノなどのデザインや設定も担当していたようで,スカートを履いた女の子が無事に椅子に腰掛けたときには心底安堵したという。制作期間ギリギリで椅子にめり込んだりしていたら公開に間に合わなかっただろうと吉江氏は語っていた。
どうすればキャラクターが実在するように見えるかを考えて,キャラが「自ら思考しているように見せかける」ことが重要ではないかというところにたどり着いたという。
それを実現するために行ったことの主要なものとして,プレイヤーを目線で追うことと,過度の接近を回避するという動作の2つが紹介された。
これらの処理で使われた技法が差分アニメーションだ。これはアニメーションパターンの一部にほかのアニメーションを加える感じのもので,FPSで敵キャラが一定のモーションを再生しつつ,銃口だけは常にこちらを狙っているような処理で使われるという。
視線を向ける処理では,まず,目がプレイヤーを捉え,顔が向き,胸が動くという順番で少しずつ遅延をつけて処理が行われているとのこと。プレイヤーを避ける処理では,一定の距離に近付かれると,ワンテンポ遅れてすっと避けるという感じだ。
そのほか,デモは行われたのだが写真では比較できないので説明だけに留めるが,立ちポーズなどでも各部にさまざまな揺らぎが差分アニメーションとして加えられており,パターンが読めやすい待機モーションとは違った自然な居ずまいが実現されているようだ。
森本氏は,開発を振り返り,VRでは通常のゲームと比べて2段階くらい細かな動きのリアリティが要求される感じだと,キャラクターの実在感を出すことの難しさを語っていた。
それにしても,アートディレクター揺れモノなどの物理シミュレーション設定を行っていたり,アニメーション担当が差分アニメーションという多分にプログラム要素が入りそうな処理を加えていたり,かなり多才そうなスタッフの集まったチームではある。
これまでずっと鉄拳シリーズだけに関わってきたプログラマが,いきなりVR開発に駆り出され,前例のない問題ばかりという状況ながら,山本氏はそれなりに楽しく作業をしていたようだ。
VRということで,カメラ制御ができない,一般的なUIが使用できないなど,普通のゲームとは都合が違っており,まずはVRならではの部分を優先した開発が行われたようだ。一般のゲームとは作業や検証の順番を変えているという。
開発初期の様子がスライドで紹介された。
画面を見て「あれ?」と思った人もいるかもしれないが,山本氏はUnityに慣れていたので初期段階ではUnityでプロトタイプを作成していたとのこと。詳しい説明はなかったが,作業画面の左上にOculusロゴのアイコンがあるのでDK2などで開発していたのではないかと思われる。
一方,こちらは2015年版の開発初期の風景だ。作業はもちろんUnreal Engine 4上だ。2015年版ではUI関係の機能が増えることは分かっていたので,開発初期からUIのチェックを多めに入れていたとのこと。
開発手法についてはとくに説明はなかったのだが,少人数チームかつ初めて扱う領域ということで,細かくイテレーションを回していたであろうことは想像に難くない。
開発中に,意外なところで発生したのが,評価版のレビューが一人ずつしかできないことだったという。VR HMDがないと確認できないことから動作環境が限られ,しかも一度に一人しか扱えないので少人数チームとはいえそれなりに手順を整えておかないといけない。ビルドしたバイナリを配って「見ておいて」では済まないのだ。サマーレッスンのチームでは,早期からレビュー会のスケジュールを決めて管理していたそうで,これが開発がうまく進んだことの一因ではないかと山本氏は語っていた。
プログラム的な難点は,やはりフレームレートを維持しなければならないという点だ。普段から鉄拳シリーズを開発していたこともあり,60fpsをキープするような開発には慣れていたという山本氏だが,VRではVRなりの困難があったようだ。
それは,まず60fpsというのが努力目標ではなくて,60fpsキープが最低条件だったことと,VRなので左右2回のレンダリングをしなければならず,負荷が高かったことだ。
2014年版デモで最も負荷が高いのは,女の子が本を読むシーンで,小物が多く映り込むことと,窓のカーテンが半透明なため描画負荷が高くなるとのことだった。
2015年版では,女の子の髪がアップになるような場面で,金髪の髪が2レイヤーになっていてかなり描画負荷が高いとのこと。
どうやって負荷を減らすかというと,テストプレイをして負荷が高くなった状態で処理を一時止めて,どこに負荷がかかっているのか原因を探って解消していくという地道な作業が行われたという。このとき,いちいちHMDを外していると煩雑なので,ずっとHMDをかぶりっぱないで作業を進めていたそうだ。HMD内にさまざまな情報を表示してくれるUnreal Engineのデバッグコンソールが超絶便利なうえ,「未来のプログラマの気分を味わえる」とのことで,山本氏は強く利用を推奨していた。
そのほかデバッグではとにかく未体験者を連れてきてテストプレイをさせるのが一番で,どのようなところを見たりどういう反応をするのかが参考になるとのこと。
また,プログラムの安定性を確認する“エージング”についても,どういう工夫がされたかの説明があった。要は,プログラムを動かしっぱなしにしておくだけの話ではあるのだが,会場ではサマーレッスンのエージング風景が公開されていたのだ。それはなんと,Peoject Morpheusを扇風機に取り付けて首振りさせるというものだった。玉置氏のアイデアのようだが,最近の扇風機なら縦方向にも首振り機能があるのでさらに活用できると原田氏も推奨していた。
長時間放置する代わりに早回しでエージングする手法もあるのだが,こちらは時間の流れが違う世界に入り込むようなものであり独特の体験ができるそうで,山本氏はこちらを体験してみることもお勧めしていた。
さて,バンダイナムコの比較的若手のチームによって作られたサマーレッスン。これまでも開発に関する話はされてきたのだが,それぞれのジャンルの制作スタッフによる踏み込んだ話は初めての公開となる。VRコンテンツに興味のある人には興味深い話もあったのではないだろうか。
- 関連タイトル:
サマーレッスン:宮本ひかり セブンデイズルーム(基本ゲームパック)
- この記事のURL:
(C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.