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【Jerry Chu】「Wolfenstein II: The New Colossus」が描いた“文明の腐敗”
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印刷2018/10/06 12:00

連載

【Jerry Chu】「Wolfenstein II: The New Colossus」が描いた“文明の腐敗”

Jerry Chu /  香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー

画像集 No.011のサムネイル画像 / 【Jerry Chu】「Wolfenstein II: The New Colossus」が描いた“文明の腐敗”

Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」

Twitter:@akemi_cyan


“腐敗した文明”をどう救うのか


 ビデオゲームはよく「滅亡」を描く。
 「Fallout」シリーズの世界は,核の炎に焼かれた荒野だ。「The Last of Us」では,人間に寄生する菌類によって近代社会が崩壊した。「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」では,魔物の手で滅ぼされた王国をプレイヤーは歩く。ゲームは我々に,数多の文明の凋落を見せつけた。


アメリカを滅ぼしたナチス。ナチスを甘受するアメリカ


 ベセスダ・ソフトワークスから2017年にリリースされた「Wolfenstein II: The New Colossus」も,序盤は滅びの光景に彩られている。
 MachineGamesがリブートした新生「Wolfenstein」シリーズでは,ナチス・ドイツが第二次世界大戦に勝利したという架空の歴史が描かれる。作中のナチスは絶大な軍事力でヨーロッパ大陸を制し,核兵器を用いてアメリカをも屈服させた。

 「Wolfenstein II」の主人公,B.J.ブラスコヴィッチは反ナチス・レジスタンス組織の一員だ。祖国をナチスの支配から解放するべく,アメリカに潜入を図った彼に与えられた最初の任務は,マンハッタン区に潜伏しているレジスタンスを救出することだった。

自由の象徴である女神像は破壊され,水没している
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 そこで主人公が目の当たりにしたのは,瓦礫の山である。ナチスの核兵器によってニューヨークは破壊し尽くされ,かつての大都市は人の住めない廃墟と化した。自由の女神像は水底に没し,犠牲者の死体が街を埋め尽くす。防毒マスクを付けたナチス兵のほかに生存者はいない。
 ナチスに支配されたアメリカは,「Fallout」や「The Last of Us」の世界と同じく,荒廃と絶望に満ちているようだ。

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 だが,「Wolfenstein II」が描くのは“滅び”だけではない。
 主人公はニューヨークの次に,アメリカ南部のロズウェルを訪れる。そこで主人公を待ち受けるのは,ニューヨークとは真逆の光景だった。

 整然とした町並みにナチスの旗がはためく。ナチス軍のパレードに,民衆は拍手喝采を贈る。道端ではアメリカ人が露店を構え,ナチスの軍人を相手に商売をしている。ナチスのプロパガンダ映画を見るために,若者達は映画館に並ぶ。
 そこには戦争の傷跡も無ければ,圧政に喘ぐ苦境も見当たらない。ナチスの支配下であるにもかかわらず,アメリカ人は平和を謳歌している。

 ニューヨークはナチスに抗って敗れたアメリカの姿であり,ロズウェルはナチスに膝を屈し,ナチスを受け入れたアメリカの姿だ。
 白人至上主義を掲げる秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)はナチスと結託し,アメリカ南部を牛耳る。奴隷制度が復活し,白人の貴婦人は友人を奴隷オークションに誘う。ナチスの支配に耐え忍ぶどころか,アメリカの民衆はナチスの人種主義をも受け入れている。

KKKのメンバーが堂々と表を歩き,ナチス兵と話している
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町にはナチスの旗が並ぶ
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ナチス軍のパレードを歓迎するアメリカ人
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ナチスに影響を与えた“アメリカの人種差別”


 ゾンビやレーザーライフル,月面基地など,突飛なSF要素が盛り込んだ「Wolfenstein」シリーズだが,ロズウェルの光景は妙に現実味を帯びている。

 アメリカは自由と平等を掲げる現代国家であるが,奴隷制度と人種差別という不名誉な歴史を抱えている。以前,「Mafia III」を取り上げた際にも触れたとおり,20世紀前半,アメリカ南部ではジム・クロウ法をはじめとする黒人差別法が存在していた。人種主義を主張し,台頭しつつあったナチスにとって,当時のアメリカの人種差別政策は貴重な参考事例だった。

 2017年に上梓されたJames Q. Whitman氏の著書「Hitler's American Model: The United States and the Making of Nazi Race Law」(Amazon.co.jpの商品ページ)では,1930年代のナチス・ドイツにアメリカの人種差別政策がどのように影響を与えたのかが論証されている。

 以下,同書に記されているナチスとアメリカの関係をまとめてみよう。

 19世紀後半から20世紀前半にかけて,アメリカは人種主義に基づいた移民法と二等公民法などを立て続けに立案した。1917年に施行された移民法はアジア地域からの移民を制限し,続いて1924年には東欧と南欧の移民をも制限した。また,黒人の公民権は憲法によって保証されているにもかかわらず,識字テストや人頭税,祖父条項(奴隷解放の以前に投票したことがある先祖を持つ者だけに投票権を与える)など,黒人の投票権を奪うための措置がアメリカ各地で行なわれた。異人種間結婚を禁止する法は当時の国際社会では珍しかったが,アメリカではそれを実施している州が30も存在した。当時のアメリカは,まさに人種政策の先導者だった。

 アメリカにおける白人の他民族に対する弾圧はナチスの注意を引いたと,Whitman氏は指摘する。西部開拓時代に「数百万もの原住民を銃殺した」アメリカ人を,ヒトラーは高く評価した。ヒトラーは著書「我が闘争」において,「人種的に純正で汚されていないゲルマン人は立ち上がり,アメリカ大陸の支配者となった。人種汚染に陥らない限り,彼らは支配者であり続けるだろう」と記している。また,のちの著書でも,北欧人と西欧人を優遇する移民法を打ち出し,人種の純正を守ろうとしたアメリカを賞賛した。

 1933年,ナチスが発表した「National Socialist Monthly」では「過去数十年かけて,合衆国は『人種のるつぼ』の恐ろしい危険性を理解し,厳格な移民法をもって混血化を差し止めた。親族たるアメリカ人に,我々は友好の手を伸ばそう」と説いており,アメリカの移民法に肯定を示している。

 ナチスが政権を握ると,ユダヤ人の人権を剥奪する「ニュルンベルク法」を制定した。ドイツ人以外の国民を二等公民と定め,ユダヤ人とドイツ人の婚姻を禁止する法律である。「ニュルンベルク法にもアメリカの影響がうかがえる」とWhitman氏は主張する。血統法の起案にあたり,ナチスの法曹達はアメリカの異人種間結婚の禁止法を参考にし,アメリカにおける「混血」の定義と人種隔離政策はドイツに応用できるかを議論した。ニュルンベルク法の実施後にも,ナチスの国内向けプロパガンダはアメリカの有色人種に対する差別を報道し,「アメリカにも人種主義的な政策がある」と自らの正当化を図った。

 アメリカとナチス・ドイツの人種差別には異同がある。アメリカの人種差別は黒人と有色人種が標的だが,ナチスはユダヤ人を敵と見なしている。ニュルンベルク法には,ジム・クロウ法のような人種隔離に関する条項はない。だが,「アメリカの人種差別は,確かにナチスに影響を与えている」とWhitman氏は論じる。「我々にとって恥であるが,アメリカの白人至上主義,ひいては英語圏の白人至上主義は1930年代のナチスに養分を与えた」と氏は綴っている。

 とはいえ,1930年代のアメリカはナチスに対して友好的ではなかった。Whitman氏の著書では,1935年7月に起きた「ブレーメン事件」を取り上げている。ニューヨークに停泊したドイツの客船,ブレーメン号に反ナチス抗議者が乗船し,ナチスの旗を引き下ろした事件だ。この事件で5名の抗議者が逮捕されたが,マンハッタンの判事であるLouis Brodsky氏は「ナチズムはアメリカの掲げる自由と人権に反するもの」として,抗議者の釈放を命じた。
 1935年9月にはナチスの法曹45名が交流団としてニューヨークに赴いたが,その際もユダヤ商人によるデモが行なわれた。当時,ニューヨークには多くのユダヤ人が暮らしており,反ナチスの世論が強かったのだ。

 アメリカの人種差別政策は,ナチスにとって貴重な参考事例であった。だが,ユダヤ人を受け入れた多文化主義と平等主義など,ナチズムと相容れない価値観がアメリカには存在していた。Whitman氏の著書を読めば,第二次世界大戦の以前,ナチスとアメリカが複雑な関係にあったことが理解できる。


「Wolfenstein II」は“文明の腐敗”を描く


 「Wolfenstein II」はナチスとアメリカの関係をうまく表現していると思う。
 アメリカを征服したナチスは,その一切合切を破壊し尽くしたわけではなく,アメリカの全国民がナチスの圧政に苦しむわけでもない。ナチスの支配によって,「人種のるつぼ」であるニューヨークが滅び,人種差別の根強いアメリカ南部は栄える。アメリカの白人至上主義はナチズムと融合して,ユダヤ人と有色人種の人権が剥奪される。ニューヨークの焦土とロズウェルの繁栄は,ナチスとアメリカの関係に包含される両面性を鮮明に表している。

ゲームの後半に登場するニューオーリンズは,ナチスによって蹂躙され,ゲットーになっている。ニューヨークを思い出させる光景だ
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 第二次世界大戦を語る際,「ユダヤ人を虐殺したナチスは絶対悪であり,連合国とともにそれを打ち倒したアメリカは正義である」という構図は普遍的だ。
 だが,実はアメリカとナチスが同じ人種差別主義を掲げ,アメリカはナチスより厳格で露骨な人種差別政策を施行していたことを,Whitman氏の著書は論じている。そして「Wolfenstein II」は,アメリカがナチズムを受け入れる体質を持っていることを描いた。

 ビデオゲームはよく「滅亡」を描く。文明が崩壊した世界を生き抜き,世界を滅びから救うヒーローを我々は演じてきた。「Wolfenstein II」にも滅亡の景色があり,主人公はアメリカをナチスから救う英雄である。だが,本作は「滅亡」とは異質なものを描いている。
 アメリカという「国」は滅んだが,アメリカは滅んでいない。むしろ,栄えていると言っていい。ナチス・アメリカは黒人とユダヤ人にとってディストピアであり,多数の白人にとってユートピアである。多くのゲームは「文明の滅亡」を描くが,「Wolfenstein II」は「文明の腐敗」を見せつける。

 我々は多くのゲームで尊き文明を守り,亡き文明を偲んできた。だが,もしその文明が腐りきっていたら? 自分が守ろうとする国が,悪の侵略国に同調していたら? 自分の同胞が独裁者に従順だったら?
 「それでも抗おう」と,「Wolfenstein II」は語りかける。主人公のレジスタンスにはユダヤ人や黒人,左翼といったナチス・アメリカに弾圧された者が集まる。蔑まれているからこそ,団結して反抗せよ。正義のために戦い続ければ,群衆もいずれ目を覚まし,立ち上がるはずだ。ナイーブな考え方かもしれないが,不条理に満ちた世界を生きるには必要な心意気だと思う。

「ナチスに反抗せよ」と,アメリカ人に呼びかけるレジスタンスの一団
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 近年,アメリカにおけるナチズムは勢力を拡大しているようだ。2017年8月に行われたオルタナ右翼によるデモでは,ナチスの旗を憚りなく掲げる参加者がいたという(Huffington Postの該当記事)。また,南部貧困法律センターの研究調査によると,2017年内にアメリカのネオナチ組織の数は22%増加している(南部貧困法律センターのレポートマップ)。
 差別主義と過激主義が台頭する今,「Wolfenstein II」のような作品は大きな意義がある。人種差別は我々が思っているより身近なものであり,「それに抗おう」というメッセージが受け取れるからだ。

■■Jerry Chu■■
香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。
  • 関連タイトル:

    Wolfenstein II: The New Colossus

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