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神より授かりし十戒石を納めた聖なる箱の行方を追う「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」(ゲーマーのためのブックガイド:第27回)
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印刷2024/12/12 12:00

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神より授かりし十戒石を納めた聖なる箱の行方を追う「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」(ゲーマーのためのブックガイド:第27回)

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 「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。

 書店や紙の書籍の存続が危ぶまれる昨今ではあるが,それをものともせず,海外の貴重な古典の翻訳が相次いでいる。それもこれも1945年の終戦以来,日本では戦争のない期間が80年近く続いているからだ。
 ひるがえってみるなら江戸の265年,平安の400年,比較的世情が安定していた時代では,文化の発展が著しかった。さらに根本まで遡るなら,日本人の潜在意識にしみこんでいる八百万の神々を敬う心は,縄文1万年を背景として成立したといってもよいだろう。

 神話や伝説は,その国や心理的な背骨を成す。根本的な思考を理解しなくては,ほかの民族と仲良くするのは難しい。そのための一番の近道が,国の成立過程を教えてくれる神話的な古典を読むこと。そんなわけで今回は「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」を紹介していきたい。

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「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」

訳注:蔀 勇造
版元:平凡社
発行:2020年10月15日
定価:3800円(+税)
ISBN:9784582809046

購入ページ:
Honya Club.com
e-hon
Amazon.co.jp
※Amazonアソシエイト


平凡社「ケブラ・ナガスト」紹介ページ


 そもそも,なぜ筆者がこの本に興味を持ったかといえば,すべては1981年の活劇映画「レイダース 失われたアーク《聖櫃》」がいけない。「スター・ウォーズ」でブイブイいわしてたジョージ・ルーカスが原案で,ハン・ソロ役だったハリソン・フォードを主役に据え,「ジョーズ」や「未知との遭遇」のスティーブン・スピルバーグが監督するというのだから,観に行かないわけにはいかなかった。案の定大当たりで,考古学アドベンチャー〈インディ・ジョーンズ〉シリーズとして,2023年までに5作品が作られている。

「インディ・ジョーンズ/レイダース 失われたアーク《聖櫃》」(リンクはAmazonアソシエイト)
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 その圧倒的なテンポとセンスのよさに騙され,すっかり楽しんでしまった自分であったが,ハテと疑問が湧いた。そもそも,すさまじい謎パワーでバッタバッタと悪人を薙ぎ倒した,あの聖櫃(せいひつ)とかアーク(Ark)とか呼ばれていたものは何なのか。
 作中で「キリスト教だかユダヤ教だかの聖遺物」であることは説明されていたので,聖書の該当部分を読んでみるが,肝腎な部分はわざとぼかして記述されている。しかも経緯どころか「失われた」という事実の記載すらなく,旧約の「歴代誌下」以降,単純に言及がなくなるだけである。

 そんな疑問符だらけの状況に,一応の解決をもたらしてくれたのが,この「ケブラ・ナガスト」だった。ケブラ・ナガストとは,ゲエズ語(古エチオピア語)で「諸王の栄光」を意味する言葉だ。ゲエズ語なんてとても読めないので,その道の専門家が,しかも一般層にも読みやすい文体で和訳してくれているのは本当に助かる。
 全体としては「キリスト教の(仮想の)公会議において,エチオピア正教会の正当性を確認する」という建付けの本で,117章あって序と奥書が付随するが,一部を除いて各章は4ページ以内なので読みやすく,注釈も巻末ではなく各章の終わりに細かくついているので参照しやすい。また,おおむね10数章で段落が区切られているので,把握しやすいのもありがたい。
 ざっとまとめると,こんな感じだ。

  • 第1〜11章:人間創造からノアの洪水,および〈天界の聖櫃〉について
  • 第12〜18章:ノア以降ダヴィデ(ソロモンの父)まで,および〈地上の聖櫃〉について
  • 第19〜21章:エチオピアの概要と,世界の分割について
  • 第22〜23章:女王の商人頭タームリーンによる,ソロモン訪問と帰還
  • 第24〜31章:エチオピアの女王による,ソロモン訪問と帰還
  • 第32〜42章:女王の息子ダヴィデによる,ソロモン訪問と王権拝受
  • 第43〜48章:ダヴィデへの随行とされた長子たちの嘆きとたくらみ
  • 第49〜55章:ダヴィデと随行らのエチオピアへの帰還
  • 第56〜62章:たくらみの発覚と,ソロモンの追撃
  • 第63〜71章:ソロモンの晩年と,イエスに至る血統について
  • 第72〜83章:周辺諸国と聖書に連なる血統について
  • 第84〜95章:ダヴィデの帰還,即位,統治
  • 第96〜112章:イエスに関する諸予言
  • 第113〜117章:エチオピアについての結論

 青がメインの物語で,黒はそれに付随する序やまとめなど。緑は挿話で,本筋とはわりと関係ない部分だ。
 そんな「ケブラ・ナガスト」の最古の写本はせいぜい13世紀のものだが,成立は6世紀にまで遡る。さらにその主たる内容はイスラエルのソロモン王の時代,すなわち紀元前10世紀が題材だ。つまり,例えば聖書に次のように書かれていることが,より詳しく知れるのである。

裁きの時には、南の女王が今の時代の者たちと共に復活し、この時代を罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。

――聖書協会共同訳 新約聖書「マタイによる福音書」12章42節

 この〈南の女王〉は,旧約聖書では民族の名をとって〈シェバ〉(あるいはシバやサバ)と呼ばれ,つまりは匿名の人物である。「ケブラ・ナガスト」ではエチオピアの女王とされ,マーケダーの名が与えられた(ただ,これも実はアラビア語,古ヘブル語,ゲエズ語などで「女王」を意味するマルカトが語源)。
 このマーケダーは元々太陽神崇拝者であったが,エルサレムに神殿を築いていたソロモンの知恵に感銘を受け,ユダヤ教に帰依し,やがて褒賞として与えられたガザを経由し,故国に戻ったという(この際〈空飛ぶ車〉が使用されている)。

 この逸話は多くの絵画に描かれ,また民族や文化や宗教を超えた二人のロマンスとして,後に恰好の音楽の題材とされた。1749年のヘンデルのオラトリオ「ソロモン」を嚆矢に,各種の歌劇(オペラ)やバレエ曲にもなり,1967年にはミシェル・ローランのシャンソン「サバの女王」が世界的にヒット。日本でもインストゥルメンタルと,なかにし礼の訳詞ヴァージョンで知られる。もちろん,何作か映画にもなっている。

 ソロモンといえば,「ソロモンの鍵」をはじめ,さまざまなゲームのモチーフとなっている魔術王のことだ。「ケブラ・ナガスト」にも,ソロモンは魔神どもを使役したと書かれており,例えばスマホゲーム「メギド72」iOS / Android)の“72”とは,魔法書「ソロモンの小鍵(レメゲトン)」においてソロモン王が使役したとされる魔神の数を指している。作中のヒロインは,まさしくシバの女王を名乗っているが,マーケダーそのものではなく,その子孫のようだ。

2025年1月に完結を迎える人気スマホゲーム「メギド72」。以降はオンラインサービスを終了し,オフライン版に移行することが発表されている
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 「ケブラ・ナガスト」に話を戻すと,マーケダーはソロモンの手練手管によって身ごもることになるのだが,その生まれた男の子はバイナ・レフケム(賢者の子)と呼ばれた。ソロモンにとっては長男だったこともあり,(自分の父と同名の)ダヴィデと名付けて跡継ぎにしようとした。しかしこのダヴィデは,故国に戻ってエチオピアの王権を継ぐ道を選んだため,ソロモンはエルサレムの貴顕たちの長男を,ダヴィデの随身として徴発した。

 このときに問題が発生した。ソロモン神殿に安置されていた聖櫃(アーク。ゲエズ語ではターボート)の複製が密かに作られ,差し替えられ,本物は当時のエチオピアの首都,ダブラ・マケーダー(女王山)に渡ったというのだ(この時にも〈車〉が使われた)。
 アークもターボートも原義は〈箱〉である。したがってノアの方舟(はこぶね)も,原語ではアーク/ターボートと呼ばれていた。方舟の中身は移住のための人々や動物たちだったが,聖櫃の中身のメインは,神が預言者モーセに与えた十戒石である。そこには神との契約によって,人々が「してはいけない」10項目が記されていて,エチオピアではやがて十戒石そのものもターボートと呼ばれるようになった。

 さて「ケブラ・ナガスト」によれば,ソロモンがエルサレムの神殿内を確認させると,確かにこの十戒石が紛失していた。しかしミカエルら大天使たちが介入して「聖櫃の移動は神の意志だ」と諭したため,ソロモンは追撃を諦めた。けれどそのせいかソロモンの神に対する信仰は揺らぎ,異教崇拝に走ったという。
 それ以降のことは,現在のエチオピアまで取材に行った,グラハム・ハンコックの「神の刻印」に詳しい。

画像集 No.004のサムネイル画像 / 神より授かりし十戒石を納めた聖なる箱の行方を追う「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」(ゲーマーのためのブックガイド:第27回)
「神の刻印 上」(リンクはAmazonアソシエイト)
画像集 No.005のサムネイル画像 / 神より授かりし十戒石を納めた聖なる箱の行方を追う「ケブラ・ナガスト 聖櫃の将来とエチオピアの栄光」(ゲーマーのためのブックガイド:第27回)
「神の刻印 下」(リンクはAmazonアソシエイト)

 ところで,エチオピアといったら,読者の皆さんはどんな印象を持つだろうか。
 上記引用の新訳聖書でも「地の果て」と書かれていたが,ギリシア/ローマの古典でも認識は似たようなもので,若き乙女を生け贄に要求する海獣ケートス,人喰いのマンティコア,石化獣カトブレパスなど,恐るべき幻獣の産地とされていたのである。

 しかし実際には,エジプト以南では随一の文明国であった。紀元前5世紀になると,ソロモンの子ダヴィデの血統からアスクム王国が起こり,現在のエトルリアや,紅海の向こうのアラビアの一部までを領土とし,遥かインドまで交易した。
 4世紀になるとエジプト経由でキリスト教が浸透し,現在まで続くエチオピア正教会となった。東方諸教会のなかでは最大規模である。

 このエチオピア正教会では,ユダヤ教であったダヴィデ時代からと思しき,ティムカットと呼ばれる祭りが連綿と継承されている。実はエチオピアの各教会には十戒石(ターボート)の複製が納められており,このティムカットで神輿のように担ぎ出される。その実際の写真などは「神の刻印」に掲載されている(ハンコックはさらに,ターボートと聖杯伝説の関連性についても筆を進めている)。

 ざっと駆け足で説明してきたが,建国伝説から3000年(「ケブラ・ナガスト」の成立からでも1500年),その魂のようなものが生き残っているのを知らされると,筆者などはどこかそら恐ろしいような,それでいて胸が締めつけられるような不思議な感覚に襲われるのだ。
 また現在も中東で起きている紛争についても,考えさせられるものがある。現実とファンタジー,そして神話物語の間には,渾然一体とした曖昧模糊とした領域が広がっていて,きっちりと分割線が引かれているわけではない。けれど,そこにこそ真実が隠されている。
 筆者のようにそんな気持ちになりたい人は,ぜひご一読をいただきたい。

平凡社「ケブラ・ナガスト」紹介ページ


■■健部伸明(翻訳家,ライター)■■
 青森県出身の編集者,翻訳家,ライター,作家。日本アイスランド学会,弘前ペンクラブ,特定非営利活動法人harappa会員。弘前文学学校講師。著書に「メイルドメイデン」「氷の下の記憶」,編著に「幻想世界の住人たち」「幻獣大全」,監修に「ファンタジー&異世界用語事典」「ビジュアル図鑑 ドラゴン」「図解 西洋魔術大全」「幻想悪魔大図鑑」「異種最強王図鑑 天界頂上決戦編」など。ボードゲームの翻訳監修に「アンドールの伝説」「テラフォーミング・マーズ」「グルームヘイヴン」などがある。
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