Nexon Korea副社長とインテリジェンスラボ本部長を兼任しているカン・デヒョン氏
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G-Star 2018にて,Nexon Koreaの副社長であり,同社のインテリジェンスラボ本部長でもある
カン・デヒョン氏に,インタビューをする機会を得た。カン氏といえば,4月に韓国で行われた開発者向けイベントNDC18にて,キーノートの講演を行い,日本でも大きな反響を得た人物だ(
関連記事)。AIを活用して,これまでのゲーム制作では気づけなかった「Blindspot(盲点)」を見つけ出すというテーマは非常に面白く,キーノートの内容を覚えている人もいるだろう。
カン氏が率いるインテリジェンスラボはどのような組織なのか,今後のオンラインゲームがAIによってどのような方向に進化していくのかなどを聞いてみた。
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AIの発展はオンラインゲームに何をもらたすのか
4Gamer:
本日はお時間をいただきありがとうございます。4Gamerのすごく昔の記事をたどると,カンさんには「
メイプルストーリー」のお話をうかがっていますが(
当時のインタビュー記事),あらためて経歴をお尋ねしたいと思います。
カン・デヒョン氏(以下,カン氏):
そのインタビューは本当に昔ですよね。私は,Nexon Koreaには2004年度に入社して,「Crazy Arcade」「メイプルストーリー」「
アラド戦記」のディレクターを経つつ,ずっとライブサービスに携わっています。
データ分析に絡んだ経歴をお話すると,以前はデータ分析に興味のある人が社内にあまりおらず,感覚的にライブサービスを運用していました。メイプルストーリーを担当していた2006年から2007年あたりに,データ分析をしておけば我々の役に立つのではないかと考え,ゲームチームの下にデータ分析チームを作ったんです。おそらく韓国のゲーム会社の中でも,最初の取り組みだったんじゃないかと思います。
4Gamer:
10年以上も前から,オンラインゲームにおけるデータ分析の重要性に目を付けていたんですね。
カン氏:
その後,アラド戦記のディレクターをずっと担当していました。現在はライブサービス全体の統括と,インテリジェンスラボを率いる立場です。
4Gamer:
何年もG-StarやNDCなどでNexon Koreaの取材を行っていますが,インテリジェンスラボという言葉は今年のNDCで初めて耳にしました。あまり表に出ていないと思うのですが,どういった組織なのでしょうか。
カン氏:
昨年6月に発足したばかりの新しい組織で,主にAIの研究やデータ分析を担当しています。そうした組織自体は以前からありましたが,最近になってホットな分野になってきましたし,「やりたい」という人も増えてきました。我々も本格的に採用していきたいと考え,インテリジェンスラボとして活動を始めたという形です。
実際,NDC18で取材していただいた私のキーノートの内容は,インテリジェンスラボが立ち上がる前に分析されたものだったりします。
4Gamer:
インテリジェンスラボの発足とともに新しいことを始めたというより,これまでの活動に名称がついたものなんですね。
カン氏:
活動の規模は大きくなっていますけどね。以前の組織は30人前後でしたが,今は170人になりました。「今後,ネクソンはもっとAIやデータ分析の分野に投資をしていく」という,宣言のようなものだとお考えください。我々としては,ネクソンから新規タイトルを出していくにあたって,そのサポートを行う役割の組織だと思っています。
4Gamer:
キーノートでカンさんは,データとAIを活用できる環境を整備して,サービス中のタイトルをより良いものにしていくというお話をされていました。これまでの研究やインテリジェンスラボの成果によって,実際にゲーム中に導入されている例があれば教えてください。
カン氏:
まだまだ理想には遠いのですが,導入例はたくさんあります。キーノートではマッチングについて話しましたが,関連する話をすると,一般的なマッチングシステムは勝率が50%になるように調整します。一方,ネクソンの場合はプレイヤーが長くゲームを楽しめるように,最適化したマッチングにしているんです。
例えば戦士と魔法使いが登場するゲームで,両者が戦うと相性の問題で戦士の勝率が高くなるデザインだったとしましょう。このとき,単純に実力だけでマッチングをすると,魔法使いは戦士に負け続けるという戦績になってしまいます。そこで,実力だけでなく,職業や相性も考慮して補正を行うマッチングシステムを入れるという具合です。
4Gamer:
最終的に勝率が50%になるとしても,マッチング時の相手との相性だけで決まっていると,あまりやりがいがなさそうですね……。
カン氏:
あとは複数のチャンネルがあるオンラインRPGで,ソロプレイを好む人やコミュニケーションが好きな人がいるとします。コミュニケーションが好きな人がとあるチャンネルに入って,周りの人に声をかけても,ソロプレイを好む人ばかりだったら良い体験にはなりませんよね。そこでプレイヤーの傾向を分析して,プレイヤー同士の好みが合うチャンネル配置になるように補正を行うシステムも導入しています。
4Gamer:
おそらくプレイヤー自身はそうした補正を認識しないままに,恩恵を受けているんですよね?
カン氏:
はい,認識していないと思います。見えない部分のシステムで,満足度が高まっているんです。
こうした仕組みは,新規プレイヤーへのサポートにも役立ちます。新規プレイヤーは周りの人にいろいろなことを聞きたいものですが,長くサービスを続けているゲームだと,ベテランプレイヤーは新規プレイヤーに関心がありません。ですから,新規プレイヤーと聞ける相手が同じところに集まるように補正をかけるんです。
これはデータで確認していることですが,同じ日に100人が始めた場合と,1万人が始めた場合,どちらのプレイヤーのほうが長く続ける傾向にあるかというと,正解は後者になります。同じ立場の人がたくさんいるほうが楽しいですから。こうしたデータから着想を得て,マッチングシステムを改良しています。
4Gamer:
それらのシステムは,すでに世界中のネクソンのゲームに入っているのでしょうか。
カン氏:
いえ,残念ながら,現時点では韓国でサービス中のタイトルでテストをしている段階です。一部のモバイルゲームでは,グローバルサービスで導入している例もありますが。
4Gamer:
では,今後,日本でサービスされているタイトルも,より良い体験ができるようになるかもしれないんですね。
カン氏:
そうですね。だんだんと広げていきたいと考えています。また,これから出てくる新規タイトルの場合は,システムが導入された状態で配信されることになるでしょう。
4Gamer:
先ほど戦士と魔法使いのマッチングの話がありましたが,
NDC18のキーノートの取材記事では勝率の話に大きな反響がありましたので,もう少し詳しく教えてください。マッチングに補正をかけた結果,どのぐらいの勝率になるべきなのでしょうか。
カン氏:
キーノートでは,「勝率75%の人の満足度が高い」と説明したのですが,実はこの話は研究内容のごく一部,10分の1ぐらいだったりします。勝率75%の人の満足度が高いことは間違いないです。ただ,さらに研究を進めていくと,この人達がまたそのゲームを遊んでくれる確率は高くないということも分かっています。
4Gamer:
満足度が高いのに?
カン氏:
「私はこのゲームをクリアしたんだ。やるだけやったから,もういいや」となってしまうんです。
4Gamer:
なるほど! 確かに,勝ちすぎても「がんばろう」という気持ちにはなれません。
カン氏:
ですから,ここは我々にとっても課題なのですが,満足度を高めることだけが,我々のサービスに対する適切なアプローチとは言えません。
リテンション(また遊んでくれる確率)が高くなる勝率は55〜60%ぐらいです。それに満足度も考慮して,最終的にどのぐらいの勝率に落とし込めばいいのかというのは,まだ解答が見つかっていないところです。
4Gamer:
韓国で人気の対戦ゲームの1つに「
リーグ・オブ・レジェンド」がありますが,「勝率が50%になるゲーム」の最たるものだと思います。ただ,だからこそランクマッチで勝敗を競うのが楽しいゲームでもあります。
今回のG-Starで,Nexon Koreaは新作MOBA「
ASCENDANT ONE」を発表されていますが,カンさんとしては,MOBAをサービスするにあたって,どのぐらいの勝率にしていくべきだと思いますか。
「ASCENDANT ONE」
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カン氏:
難しい質問ですね。現状のMOBAにおいて,もし75%の勝率で楽しめるゲームにしようと考えると,そのためには負け続ける人が必要になります。これを実現する方法は,AI
※を負け続ける相手として使うことです。
ただ,もし相手がAIだと分かったら,満足度は落ちてしまいますから,実現のためには人間相手と変わらない動きをするAIが必要になります。その研究が進むまでは,実力によるマッチングをしたほうが,負け続ける人を決めるよりも健全なので,50%の勝率が正解ではないでしょうか。あくまで“今は”ですが。
※ここでのAIとは,NPCやBOTなどのプレイヤーが操作していない相手という意味合い。
4Gamer:
今後は変わっていくとお考えなんですね。
もう1つ,キーノートではルーズなプレイの代表として,話題に挙がったオート戦闘についてもお聞きします。カンさんも以前はオート戦闘に否定的だったということでしたが,近年の新作MMORPGというと,モバイルゲームが多くなり,それに合わせて自動戦闘も当たり前のようになりました。今後のMMORPGは,こうしたルーズなプレイの方向に進んでいくと思いますか。それとも,どこかでハマり込んで遊ぶようなタイプが伸びるとお考えですか。
カン氏:
AIやビッグデータを活用する最大の利点は,プレイヤーが自分のしたいことを選んで実現できるようになることだと思います。昔は,静的なロジックに沿って自分の手で戦闘をするのか,もしくはオート戦闘を選ぶのか,どちらか片方しかありませんでした。これからの時代は,どちらも選べるようになっていくはずです。ときには手動,ときにはオートという遊び方もできるでしょう。
もちろん,どちらも選べるということは,それに合わせたゲームバランスが必要という問題もありますが,手動とオートでは得られるものが変わるといった,プレイヤーの選択によって納得できる報酬が変動するような方向が考えられますね。
4Gamer:
なるほど。なぜこの質問をしたかというと,MMORPGの場合,便利になることによって失われてきた面白さがあると思うんです。例えば,昔はゲーム内の移動が不便なタイトルがたくさんあり,その結果,目的地に簡単にワープできる仕組みを採用するタイトルが増えていきました。それによって,楽になりましたが,新しいマップを探索する楽しさが薄れたり,あるいは移動がたいへんだけどおいしい狩場で戦うときのリスクとリターンを考える面白さがなくなったりと,寂しく感じている部分もあります。
プレイヤーが望む方向に,快適に,便利になっていくというのは,もちろん良いことです。その一方,満足度を高めていくにあたって,そうしたバランスに悩むことはありませんか。
カン氏:
悩みますし,その寂しさはすごく共感できます。
我々の研究はマッチング以外にもいろいろなテーマがあり,その中に「確率の最適化」というものがあります。ダンジョンやモンスターからドロップするアイテムの確率が,プレイヤーの満足度を高める最適なバランスなのかという研究です。これを使うと,ワープの例も移動手段によってドロップ確率が変わるといったアプローチで解決できるのではないでしょうか。AIの発展によって,こうした
「プレイスタイルを問わず皆が満足する」仕組みができていくと予想しています。
4Gamer:
手軽なプレイとやり込みプレイ,まったく違う趣向を持つプレイヤーであっても,共存できるようなゲームになっていくというわけですね。
それでは,近年の韓国ゲーム市場についてもお聞かせください。最近のG-Starを見ていると,新作タイトルはずいぶん少なくなったようです。PC向けタイトルは減り,スマートフォン向けタイトルも1本の開発期間が長くなってきて,なかなか出てこなくなったという印象なのですが,カンさんはどのように感じていますか。
カン氏:
私はインテリジェンスラボで研究をすると同時に,ライブサービスを統括していますが,その立場で感じているのは,MMORPGの新作は難しいということです。プレイヤーは新作よりも従来作を遊びます。実際,メイプルストーリーも私が担当していた時代に比べて,今のほうが最繁盛期と言える状態です。
4Gamer:
サービス開始から15年経って,今が最繁盛期というのもすごい話ですね。
カン氏:
長くサービスされているということは,そのぶん大量の資金を投入されたプロジェクトということになり,新作よりも圧倒的に豊富なコンテンツや完成されたシステムが用意されています。プレイヤー目線からすると,だったら従来作でいいやということになってしまうんです。
そんな中で新作が従来作と競争するには,最初からクオリティの高さが求められますから,プロジェクトは大型化します。その結果,残念ですがタイトルが減ってしまったというのが現状です。
4Gamer:
そうした状況でも,Nexon Koreaは多数の新作を発表されています。従来作と競争するために行っている施策はありますか。
カン氏:
それこそ,我々インテリジェンスラボが関わってくる部分です。従来作のライブサービスから得られたノウハウをしっかりと新作に受け継いで,成功に導くことが仕事ですから。
4Gamer:
「
テイルズウィーバーM」や
「マビノギモバイル」(
iOS/
Android)は,日本でも楽しみにしている人が多いタイトルです。ぜひ成功させてください。
カン氏:
IPを使ったタイトルというと,すでに
「メイプルストーリーM」(
iOS/
Android)をサービスしていますが,IPを使っているからこその課題があります。「昔と違うじゃないか」という不満もあり,「昔とまったく同じじゃないか」という不満もあるんです。
4Gamer:
ああ……どちらも理解できます。
「メイプルストーリーM」
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カン氏:
正反対の意見なので,「どうすればいいんだ……」とちょっと苦悩してしまいます(笑)。
メイプルストーリーのモバイル化は,何度も試みて失敗してきました。メイプルストーリーMでようやく成功することができ,ある程度の適切なバランスを見つけられたと思っていますので,テイルズウィーバーMやマビノギモバイルにも生かしていきます。
4Gamer:
おそらく,昔と同じにようにする部分と,あえて変える部分があると思いますが,その基準はどのようなものになりますか。
カン氏:
絶対に守らなければならないのは,「今も思い出として残っている場所」を再現することです。あの場所はプレイヤーが集まって売買で賑わった,あそこではよく会話をしたなど,強く印象に残っているシーンは変えてはいけません。
一方で,ゲームバランスが昔と同じだと,今の時代ではついていけませんから,変えるべきです。ただ,セリフや演出,エフェクトなどは,思い出にあるものにすべきだと思います。
「マビノギモバイル」
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4Gamer:
どのような形でモバイルに登場してくるのか,楽しみにしています。
少し脱線しますが,昨年のG-Starで
オーウェン・マホニー社長とお話をしたときに,プライベートでコアなゲームを遊んでいるのが印象的でした(
関連記事)。カンさんは,普段どんなタイトルをプレイしているのでしょうか。
カン氏:
私はあまり面白いことを言えないのですが,AAAタイトルをプレイするようにしています。そして職業柄,すごく面白ければ「もっと勉強しなければ!」と恐怖を覚えます。「
Horizon Zero Dawn」や「
ウィッチャー3」「
Destiny 2」は恐怖側のタイトルでした(笑)。
また,AAAタイトルを遊んだときに,「これを我々がオンライン化したら,どれだけ面白くなるんだろう」と常に考えてしまいます。職業病ですね。
4Gamer:
オンライン化したHorizonは,ぜひ遊んでみたいです(笑)。
先ほど,AIを活用したシステムが,プレイヤーの気づかないうちに作用しているというお話がありました。カンさんの立場ですと,他社のゲームをプレイしていて「このAIはよくできている」といったことに気づくことがあるのでしょうか。
カン氏:
最近はパズルゲームから刺激を受けることが多いです。スリーマッチパズルのようなシンプルなゲームでも,「あ,これはヤバイな」というときに,ちょうどいいアイテムが出現すると,AI技術を取り入れて面白くしていることが分かります。
今後は似たようなゲームでも,AIが面白いか,面白くないかを左右する重要な要素になっていくと思います。我々も面白いと思ってもらえるゲームを実現できるように,がんばっていきますよ。
4Gamer:
大いに期待しています。本日は興味深いお話を聞かせていただき,ありがとうございました。