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[CEDEC 2013]ゲームの開発ノウハウで家電製品をパワーアップ。「ゲームのチカラを家電に」セッションレポート
4Gamer読者の中にも,家電製品のユーザーインタフェースに対してイラっとしたり,使いづらいと感じたりしたことがある人がいると思うが,確かに,かつての家電製品のユーザーインタフェースは,お世辞にも良いものとは言えなかった……いや,むしろ最悪なものが多かったと思う。だが,ここ数年の間に「おや?」と思える家電が少なからず現れてきている。
そして,そんな家電製品の背景には,もしかしたらゲームデベロッパのノウハウが活かされているかもしれないのだ。
ゲーム開発者の当たり前が家電業界では“目からうろこ”
セガ 開発技術部 技術開発課 チームリーダー 近藤文仁氏 |
このセッションを担当したのは,セガの近藤文仁氏だ。近藤氏は,かつて「サクラ大戦」シリーズの開発に携わっていたゲームプログラマーだが,現在は「守備範囲を広げて,ゲーム開発のノウハウを家電業界に持ち込む仕事に携わっている」という。
ゲームと家電。近いようで遠いような,接点がありそうでなさそうな2つの業界を結びつけるビジネスを始めた背景として,近藤氏は「ビジネスの多角化多様化」というゲーム業界が抱える課題を挙げた。スマートフォンやソーシャルゲームなどの登場で消費者の遊びが多様化し,ゲームの成長に陰りが出ていることから,新たな分野として家電業界に進出してみたらどうかというわけだ。
ゲーム業界には,ゲーム以外にもビジネスを広げていきたい事情があると近藤氏は語る。その選択肢の1つが家電業界だったという |
一方,家電業界にもゲームの力を借りたい理由があるらしい。近藤氏が大きな理由の1つとして挙げたのが,iPhoneの登場だ。これについて,「iPhoneはこんなにヌルヌルサクサク動くのに,なぜ家電製品はもっさりなのかと(家電メーカーは)さんざん言われた」と明かしている。
ハードウェアは進歩しており,最近では家電に組み込まれているSoC(System on Chip)にもGPUが乗るようになった。性能的にはiPhoneに引けをとらない状況が整っているが,家電業界にはユーザーが快適と思えるユーザーインタフェースを実装した経験がなく,技術も不足している状況があるという。
家電業界もまた課題を抱えている。快適なユーザーインタフェースを求める声が大きくなっており,ハードウェアも進歩しているが,快適な操作性を実現するためのノウハウが欠けているのだ |
近藤氏の話について,筆者から補足しておくと,もともと日本の家電メーカーは専用のハードウェアとCPUを集積するLSI(システムLSIなどと呼ばれる)を自社やグループ会社で量産することで,性能を高めてコストを抑える手法を得意としてきた。家電の機能は専用のハードウェアで実装されるため,集積されるCPUはごく非力なものでよく,したがってユーザーインタフェースは良く言えばシンプル,悪く言えば貧相なものが多かった。
だが,最近では集積されるCPUの性能が上がり,またシステムLSIより汎用性が高いSoCが家電製品に採用されるケースが増えている。近藤氏によると「CPUやGPUを供給する企業が数社になっている。そして勝ち残ったメーカーが量産効果を効かせて基板を作ってくる。それにはGPUも大抵乗ってくるようになった」とのこと。しかし,家電業界には新しいハードを使いこなすだけのノウハウが足りないという事態が生じているのだ。
そこで,ゲーム業界の力を借りようという流れになるわけだが,どのようなスタンスで両者がタッグを組むのかが問題になる。近藤氏は「奇をてらわず,ビジネスとしてしっかり成立させることが重要」と語り,ゲーム業界が家電業界に提供できるのは「HOW(どうやって実現するか)の部分だと思う。そこにゲーム業界のノウハウが詰まっている」と主張する。
スライドのような“5W2H”を成立させることが,ビジネスとして成功するための秘訣だと近藤氏は語る。そしてゲーム業界が提供できるのは,そのうちの“HOW”に相当する部分だという |
近藤氏はセガに入社した当時を振り返り,デザイナー,プランナー,プログラマーの意思疎通がスムーズではなかったために開発効率が芳しくなかったと明かした |
ゲームデベロッパは,デザイナーやプランナー,そしてプログラマーが互いに協力して,最終成果物であるゲームを完成させる。近藤氏がセガに入社した当時は,3者の意思疎通がうまくいかなかったという理由で開発効率が上がらないこともあったというが,「10年かけて開発の環境を整えてきた」と語る。ここに蓄積されたノウハウが,家電業界に提供できるというのである。
各自の役割分担を明確にすることでスムーズな開発が可能になるというのが,10年間で近藤氏が蓄えたノウハウだ |
ゲーム業界は,コンテンツを効率的に作り出す手法と,そのためのツール&ライブラリを持っている。これは,もしかするとゲーム業界しか持っていないものだ。
近藤氏によると,ゲーム業界には家電業界に提供できるHOWがもう1つあるという。それは,使いやすく分かりやすいユーザーインタフェースである。ゲームは幅広い年齢層に向けて開発されているので,誰もが迷わず操作できるユーザーインタフェースを長年にわたって目指してきた。そのノウハウが家電業界に提供できるという主張は納得しうるものだろう。
これはゲームによく使われる,分かりやすいユーザーインタフェースの例。人間がもともと持っている3つの力を引き出すユーザーインタフェースが理想だという |
注視してほしいアイコンにホバーエフェクトをつける,決定したら反応(アニメーション)を用意するといった手法で,人間が持つ「学習する力」が活かせるユーザーインタフェースになる |
アイコンにエフェクトをかけたり,アニメーションを用意するといったユーザーインタフェースは4Gamer読者にとって珍しいものではないはず。だが,近藤氏は「ゲームでは当たり前のことも,家電業界にとっては目からうろこ」であり,そこに力を貸せる余地があるというのである。
ゲームのチカラで日本の家電を世界に
近藤氏のチームは,すでにいくつかのメーカーと実製品を手がけているという。その経験から,ゲーム業界と家電業界という異業種交流の面白さや難しさについても語っている。
ゲーム業界と家電業界の違いはさまざまだが,まず開発期間が大きく異なるそうだ。規模の大きいゲームなら開発に1年以上かかることもあるが,家電製品は半年で複数の製品を開発するケースが多いという。しかも,冷蔵庫や洗濯機,テレビといった家電は10年以上にわたって使われることも珍しくない。製品の開発期間やライフサイクルが,ゲームとはまるで違うのだ。
そして製品が長く使われるだけに,品質に対する要求も非常に厳しいという。ゲームにおける要求が厳しくないというわけでもないだろうが,家電製品は求められる品質の桁が違うと近藤氏は感じたようだ。
家電製品は長く使われるものが多く,開発のプロセスや品質に対する要求もゲームとは大きく違う |
また,家電業界は製品に対する確固たるポリシーを持っているというのも近藤氏が感じた点だという。そのため,セガでは家電のソフトウェア開発を丸ごと請け負うのではなく,ライブラリや描画エンジン,ユーザーインタフェース設計のノウハウを提供することをメインにしているとのこと。
「セガが開発すると,セガっぽい家電ができてしまう。セガっぽい炊飯器とか買いたくないですよね(笑)」と近藤氏は語っていたが,4Gamer読者には「むしろ欲しい」という人も多いのではないだろうか。
異業種交流の難しさという点で面白かったのは,「こだわるポイントが(ゲーム業界とは)違う」というものだ。例として「アニメーション中のオブジェクトに描かれた文字がちゃんと表示されない」という指摘を挙げている。近藤氏は「(ゲーム業界としては)アニメーションしている感覚が重要に思えるが,家電業界の人は“ちゃんと見えなきゃダメじゃないか”」と,そのギャップを説明している。
実は,筆者も過去に何度か家電メーカーと仕事をしたことがあるが,自分ではどうでもいいと思っていたポイントを予想以上に重視していたことがあり,その感覚のズレは経験している。近藤氏が披露したこのエピソードは,非常に共感できた。
異業種交流なりの難しさについて。家電業界が着目する点と,ゲーム業界が着目する点が随分違っていることがあるという |
異なる業界と組むだけに難しい面は多いが,それでも「ゲーム業界が蓄積してきたノウハウはとても貴重」と近藤氏は強調する。そのノウハウを家電製品に活用して,「日本の家電製品をより良いものにしていこう」と意欲を語り,セッションを締めくくった。
昨今,日本の家電製品は世界市場での苦戦が伝えられている。多機能化する次世代家電製品ではユーザーインタフェースが重要になるが,ここにゲーム業界のノウハウが活かせれば,あらためて世界に存在感を示せるかもしれない。近藤氏のチームが進めているような活動はあまり多くないようだが,このセッションを契機に広がっていくことを期待したい。
「CEDEC 2013」公式サイト
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