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[CEDEC 2013]日本のスマホアプリの常識はアジアでは通用しない?「アジアのインターネット・中国モバイルゲーム事情最前線」セッションレポート
クララオンライン 代表取締役社長 家本賢太郎氏 |
この講演では,中国や韓国,シンガポールといったアジア圏でのインターネットインフラの運用や,ゲームを展開する際のコンサルティング業務を請け負っているクララオンライン 代表取締役社長の
家本賢太郎氏が登壇。アジア圏におけるモバイルゲームの実情を語った。
アジアが秘める大きな可能性
最初に家本氏は,日本以外のアジア圏のネット市場を,韓国,グレーターチャイナ(中国,香港,台湾など),ASEAN諸国に分類し,これらを「3つのタマゴ」だと表現した。なかでもグレーターチャイナは中国大陸だけで5億人のインターネットユーザーを擁し,またASEAN諸国の人口も6億人を越えていることから,アジアは大きな可能性を秘めているという見解を述べている。
こうした可能性を見据えた日本企業が,アジア各国をターゲットにしたスマートフォン用のゲームアプリなどを作る例は多いようだが,現地のスマートフォンや通信事情をよく理解したうえで展開すべき,と家本氏は指摘する。
日本や韓国,中国の大都市などではつなぎ放題の定額制や高速3G回線が当たり前で,頻繁にデータ通信を要するゲームアプリは珍しくない。しかし,アジア圏の多くの国ではこうした常識はまるで通用しないという。
また,定額制サービスが存在しない国では,アプリのような大容量のデータは自宅や会社にあるWi-Fiに接続してダウンロードすることが普通だという。もちろん,パケット代を抑えるための知恵だ。アプリをダウンロードする際も,「このダウンロードでパケット代がいくらかかるのか」という意識が常にあり,できるだけ屋外で通信しないように気を使っているそうだ。
例えば,シンガポールなどで利用されているアプリ「streetdirectory」は,「Google マップ」と同様に地図データを随時取得する機能を持っているものの,現地では「あらかじめWi-Fiで必要な地図データをダウンロードする」といった使い方が主流。こうすれば通信費を低く抑えられるからだ。
日本では地図アプリを使う場合,3G回線などでネットに接続しても定額制なのでパケット代を意識することは少ない。しかしシンガポールなどでは,Wi-Fi環境で必要な地図データをダウンロードしておくという,パケット代を最小限に留めるための工夫が行われている |
途上国は物価が安いから通信費も安いだろうと勘違いされがちだが,所得額と比較するとむしろ高くつく傾向にあるという。こうした生活の知恵が生まれるのも理解できる。
「物価が安い=通信費も安い」という図式は成り立たない。途上国ほど通信費は高い傾向にあり,パケット使い放題のいわゆる定額制は日本では当たり前でも,ほかのアジア圏では珍しいようだ |
回線のサービスや質も,日本とはだいぶ事情が異なっている。今や日本でiPhoneを使うとなれば3G回線が常識だが,中国最大のキャリアである中国移動ではiPhone向けの3G回線のサービスを行っていない。クララオンラインが中国のスマートフォンユーザーを対象に実施した独自調査によると,iPhoneユーザーの3割が2G回線を使っていたとのこと。街中に3G回線があったとしても,アンテナのチューニングなどの関係から日本ほどの速度は期待できないのが実情だという。
中国のスマートフォンユーザーを対象にクララオンラインが実施した独自調査レポート。実際に利用されているアプリを調べるため,スマートフォンのスクリーンショットを送ってもらい,これをカウントするという「アナログな手法」が使われたという |
日本のビジネスマンにありがちな勘違いとして,「北京のような都市部を訪れ,そこでiPhone5などの最新機種が流通しているのを見て,日本同様の端末事情だと考えてしまう」と家本氏は語る。実は,地方ではまだまだ旧世代のAndroid端末が使われており,実際の環境は千差万別。ここに「定額制と高速通信が当たり前」という日本の常識を当てはめてしまうと,リッチな処理や頻繁な通信を要求するという,アジア圏の実情にそぐわないアプリを配信することとなる。現地のデベロッパは旧世代の機種を念頭に置いてアプリを作るそうなので,意識の違いは大きいようだ。
モバイル回線の速度を大まかに分類した図。国ごとに通信事情が大きく異なっていることが分かる |
中国でのアプリ販売の現状
iOS向けについては,2011年11月から人民元建ての配信・課金が可能になっている。それまでは,中国に現地会社を設立して代金を回収する必要があったが,Appleがこれを代行してくれるような形ができたという。クレジットカードやネットバンクの口座が必要になるため,誰もが使えるわけではないものの,「中国からお金を外に出すことはとてもとてもとても難しいので,Appleが手数料を取るとしても画期的な話」(家本氏)なのだという。
一方,Android向けについては,中国向けのGoogle Playが存在しないため,携帯電話の各キャリアやプラットフォームなどが独自にアプリストアを開設しているという。
キャリアのアプリストアから配信したいと考える人は多いらしいが,「ここに力を入れる理由はあまりない」と家本氏は語る。それは中国の法律により,ライセンスを持つ中国の内資会社でなければアプリストアと契約できないという実情があり,利益がアプリストアだけでなく内資会社にも分配されてしまうためだという。
「中国市場は難しい」それでも急増する中間所得層は魅力
ここで家本氏は,「中国市場は難しい」と評されることに対して,その理由を3つのポイントに整理している。
1つめの理由は「中国の内資会社でなければゲームを運営するライセンスが取得できない」。
内資会社とは,この場合は中国の資本で作られた会社のこと。日本などの海外資本で作られた会社は外資会社となる。つまり,日本のメーカーがゲームアプリを配信・運営したいと考えて中国支社を設立しても,外資会社なのでライセンスが発行されないのだ。
こうした制限の中でゲームアプリを提供するためには,以下のような手法が採られているという。
1:まず中国に外資100%の会社を作る
2:次に中国の人に内資会社を作ってもらう
3:1の外資会社と2の内資会社でコンサルティング契約を結ぶ
4:2の内資会社がゲームの運営を行う
2つめの理由として,家本氏が挙げたのは「海外向けに作ったものを,無理に中国の市場に持ち込もうとする」。
これは,ビジュアルやシナリオが中国市場向けでないうえ,日本のような定額制や高速通信,頻繁な通信を前提とするアプリでは,中国のユーザーに受け入れられないのは当然だろう。
最後の3つめの理由は「市場の理解が足りていない」。
中国にはもちろん,現地に根づいた商慣習やコミュニケーションが存在している。これを尊重できないと,競合するようなアプリをぶつけられるといったことが起こり得るというのだ。
数々の難題がありながらも,アジア圏の市場が大きな可能性を秘めていることもまた事実だ。
日本と他のアジア諸国では通信事情に大きな違いがあり,それによってアプリの作り方も変わらなくてはならない。アプリをストアに配信さえすれば,即座に世界を相手に商売できる……というわけではないようだ。
他国のモバイルシーンというのはなかなか情報が伝わってこないものだが,日本における常識とのギャップを考えさせられる,非常に興味深い内容だった。
「CEDEC 2013」公式サイト
4Gamer「CEDEC 2013」特設ページ
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