インタビュー
人類は「機械が生み出す知財」にどう向き合うべきか――SF作家・藤井太洋氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第19回
「ビットコイン」はイデオロギーでしかない
川上氏:
ああ,あと。納得できないつながりで言うと,「ビットコイン(※)」もおかしい。なぜ,あんなものを「革命だ」とか言ってもてはやすのか,まったく理解出来ないですね。
※Peer to Peer型の決済網及び電子暗号通貨のこと。中央機関は存在せず,通貨の発行や取引はすべてがPeer to Peerネットワーク上で行われるのが特徴。国家などの権力機関を介さずに通貨を発行できる仕組みとして注目を集める一方で,違法取引や資金洗浄などで利用されることが多いなど,犯罪との関連性が問題視されている。取引所であるマウントゴックス社の破綻によって,日本でも一躍注目を集めた
4Gamer:
って川上さんは,最近よくその話をしますよね(苦笑)
川上氏:
だって,おかしいんだもん。あんなものを合法にすべきじゃないし,少なくとも国家からしたら,あれは規制すべきですよ。通貨の発行っていう国の権力基盤の一つを無効化しようって話ですからね。
藤井氏:
カナダでは,普通に物(資産)として扱うって見解が発表されましたよね。あくまで貨幣ではないと。だから,「ビットコインで物を買う」というのは物々交換と同じ扱いにしますよと。
川上氏:
日本でも同じような結論でしたね。いや,それが正しいんですよ。絶対正しい。むしろ,アメリカ議会の反応がおかしくて……。きっと,推進派がロビイングをしていて,議員とかを丸め込んでいるんでしょうね。
4Gamer:
でも,川上さんはなんでそんなにビットコインを批判するんですか?
川上氏:
まず一つめは,仕組みとして,あんなものは凄くもなんともないからですよ。
4Gamer:
というと?
例えば,ビットコインの現在のトランザクション数って10分間で500回くらいのようなんですけど,これって秒単位で言うと,0.5〜1回/秒くらい。で,システム的な上限がどの辺にあるかというと,せいぜい1.5〜2回/秒あたり(ビットコインのソースコードに書かれているトランザクションログのサイズ制限から推測)って感じでなんですね。
一方で,VISAとかのトランザクション数は12000回/秒と言われていて。仮にビットコインの利用者が増えていったとして,その規模のトランザクションに耐えうるようにするには,決済の処理を証明するための通信量が膨大になってしまうんです。つまり,ビットコインっていうのは,スケーリングができない設計になっている。そもそも通貨システムとしてまともに機能しない作りになっているんですよ。
藤井氏:
そうですね。
川上氏:
もう一つは,あれを推し進めようとする人達を,僕が信用できないからですね。仕組みとして別に凄くもなんともないものを広める理由がなにか?といったら,国家から通貨発行権を奪うためですよ。国家システムから切り離された通貨の仕組みを,ビットコインを口実にして持ちたがっている人たちがいるというだけの話なんです。
4Gamer:
今のところは,オンラインカジノだとか,ちょっとグレーなところでの利用が多いのもそういう側面があるからなんですかね。
川上氏:
はい。だから,ビットコインというのは,別に革新的な仕組みでもなんでもなくて,あくまでイデオロギー闘争なんです。国家ではない,「みんなの通貨システム」を作ろう!的な,そんな話でしかなくて。で,その「みんなの通貨システム」が最終的にどうなるかって言ったら,最終的にはGoogleとAppleとかが取引所をやって終わりですよ(笑) だってビットコインの仕組み自体は,別にPeer to Peerじゃなくても成り立つし。何千万人,何億人が使える迅速な決済システムを構築しようと思ったら,結局はクライアントサーバー式の仕組みを作るしかないんだから。
4Gamer:
なるほど。
川上氏:
だから僕は,Peer to Peer型っていう部分すら,あくまで方便でしかない(みんなの通貨というイメージを補強するための)と思っているんです。
藤井氏:
そうですね,仮にビットコインが普及したとしたら,ビットコインって名前だけが残って,実質的には国家の介入を許さない中央銀行的なシステムができるだけでしょうね。Amazonコインなんかも,基本的にはクライアントサーバー型の仕組みですし。
川上氏:
そういうのと結合されて終わりになるって結末しかないと思いますよ。
新しい技術と向き合った時の人間のありようを描きたい
川上氏:
そういえば,そもそも藤井さんって,なんでSF小説を書こうと思ったんですか?
藤井氏:
そこは実は,他の多くの方と同じように,東日本大震災なんです。正確には,その後の原発事故関係の報道を見ていて腹を立てまして。
4Gamer:
腹を立てる?
藤井氏:
いやあの,人類が原子の火ぐらい扱えんでどうするよ?と思ったんです。もっとうまくやれるはずだろう!みたいな憤りを感じたんですね。
川上氏:
原発のいるいらないに関しては,途中から完全に宗教論争化してますしねぇ……。
藤井氏:
そうそう。で,そんなことで揉めてたら,これから先の未来の議論はどうなるんだって思ったんですよ。例えば,遺伝子工学が発達して,デザインドベイビーが可能になったらどうするんだ?とか。自分の子供の寿命が延びる,能力が上がるって言われたらやるの? やらないの?って。
川上氏:
いや,絶対やると思いますよ。
藤井氏:
今はまだ,どこかの病院なり研究施設で手術を受けて……みたいなイメージがあったりするのかもしれないけど,将来,普通に産婦人科とかで静養している間にちょっとずつ薬を飲んでればオッケーですよって言われたら,どうするんだって。それはやるでしょ?って話でもあって。人の常識やモラルなんて,技術の発達や時代によってどんどん変わっていくものですからね。
4Gamer:
それは確かに。
藤井氏:
子供の頃に見た試験管ベイビーの報道とか,未だに覚えてますからね。「すげー怖い!」みたいな。でも,今ふり返ったら,それってただの体外受精じゃんって話でしかなくて。
川上氏:
人間って分からないものはとにかく怖いんですよねぇ。
藤井氏:
はい。そういうことをつらつらと考えていったら,SF小説を書いてみようと思い立ったわけです。
なんか僕からすると,藤井さんは,物語(ファンタジー)を作りたいわけじゃなくて,世の中に対しての提案というか,自分の予想(ビジョン)を示したい人に思えるんですけど,その辺ってどうなんですか?
藤井氏:
うーん,そこはどうなんですかね(笑) 僕は単純に,科学技術と人間の関係を,なかでも「こうであったらいいな」というものを伝えたいと思って書いているんですけど……。あとは,なんていうか,それをあくまで「人の話」として描きたいんですよ。
川上氏:
人の話?
藤井氏:
つまりですね。その未来のビジョンであったり,技術の状態そのものを描きたいんじゃなくて,そういうものと向き合った時の人間を描きたいといいますか。
川上氏:
ああ,なるほど。じゃあ,政治家とか起業家になって,自分のビジョンを実現したいだとか,世の中を動かしたいだとか,そういう気持ちはないんですか?
藤井氏:
そういう方向にはあまり興味がないですね。新しい技術によって世の中が大きく変化した時に,こんな風に立ち振る舞えたら美しいよねだとか,僕は,そういう人のありようみたいなものを書いていきたいんです。
川上氏:
ある未来のビジョンにおける,人間のロールモデルを示したいみたいな?
藤井氏:
そうですね。まぁロールモデルなんだけど,できれば,そこで“美しさ”を求めたい感じです(笑)
川上氏:
そこ(美しさ)は大事ですよねぇ。……でも,未来のことを考えていけばいくほど,やっぱり最終的には人間っていらなくなると僕は思うんですけど(笑)
一同:
(笑)
川上氏:
だって機械が進化していくと,どう考えても人間って要らなくなる(出来ることが少なくなる)じゃないですか。そうなってしまった時に,じゃあ人間の存在価値をどこに求めるんだっていうと,「美学」みたいな,どうでもいいところになっていくと思うんです。でも,それも本質的には無価値じゃないですか。いや,無価値じゃないかもしれないけど……少なくとも合理的ではないというか。
まぁでも,私は「美しさ」には何かがあると思うんですよ。それが何かは分からないけど,何かがある。話が全然逸れて申し訳ないんですけど,例えば,モハメッド(※)って洞窟の中で啓示を与えられるんですけれど,当然,最初は誰もそんな話を信用しないわけですよ。
※ムハンマド,イスラム教の開祖。軍事指導者,政治家でもあり,アラビア半島にイスラム国家を打ち立てた。
川上氏:
まぁ,普通はそうですよねぇ(笑)
藤井氏:
だけど,彼の奥さんが言うんです。「この詩は美しいでしょう?」「この美しい詩が神の言葉でなくて何だというの?」と。それで周囲が納得するってエピソードがあるんですけど,この啖呵(たんか)はすげーなと思いまして。「美しい」で1000年以上続くものを生み出せるのかって。まぁ,誰かの作り話なんでしょうけど。
川上氏:
うーん。でも,これから「美」も解明されますよね。
藤井氏:
どうなんでしょう? そこはちょっと僕は予想できていませんが。
川上氏:
少なくとも,人間がどういう時に「美」というものを感じるのかっていう部分は確実に解明されますよ。
藤井氏:
ああ,そこはそうかもしれませんね。ホルモンの状態だとか,生理学的な方面からも研究されていますし。
川上氏:
だから,例えば,数学の問題の解法が「美しい」とか感じるのはなぜかというと,たぶんだけど,シンプルさに気持ちよさを感じるだとか,そういうことだと思うんですよ。脳の回路にショートカットが作られると生存競争で有利だから,とかそんな原理で(笑)
藤井氏:
そのあたりは解明されてほしくもあり,謎のままであってほしくもあり……って感じですよね。
川上氏:
まぁ,解明されたらされたで,その道をただ繰り返してるだけの人間って一体何なんだって部分は残るんですけどね。
4Gamer:
しかし,そろそろ時間も良い頃合いですけど,今日の結論って……どうなるんでしょうか?
ん? まぁ,21世紀の著作権のありようだったり,ビットコインの話もそうですけど,新しい技術や概念に対して,人類はどう向き合っていくべきか,みんなで考えましょうと。そういう感じなんじゃないかと!
藤井氏:
そうですね!
川上氏:
あと,最近は日本のSF小説がとても熱いので,みんなも読もう!って感じかな。最近の日本のSF小説は重厚なものが多いですよね。ジェイムズ・P・ホーガンとか,あの辺が好きだった人なら,今の日本SF小説は,楽しめる作品が多いと思う。
藤井氏:
いや,日本のSF小説は,今は本当に芳醇な時代だと思いますよ。2007年にデビューされた円城塔さんや伊藤計劃さんなどの活躍もそうですし,瀬名秀明さん,谷甲州さんのようなベテランも頑張っていて。SF大賞にノミネートされる作品なんかは,本当にどれも面白いですからね。
川上氏:
僕が最近読んだSF作品でいうと,「新世界より」とかは凄いなと思って。「新世界より」が面白い!って話をしていたら,小川一水さんから藤井さんの「Gene Mapper」が凄いんだって勧められて。読んでみたら,確かにこりゃ面白い!と思ったんですけど。
藤井氏:
ああ,そういう経緯だったんですね。小川一水さんには頭が上がらないなぁ。
川上氏:
しかしまぁ,SF小説がもっと日本ではやってほしいですよねぇ……。
藤井氏:
ですねぇ……。
4Gamer:
そうですね。では,今日のところはこんな感じですかね。
川上氏:
はい。あ,そういえば,すっかりこの質問を忘れていましたが……藤井さんってゲームは遊ばれるんですか?
藤井氏:
んん。いや,実はあんまり……(苦笑)
一同:
……。
川上氏:
この連載もいよいよワケが分からなくなってきたよねぇ(笑)
一同:
(爆笑)
川上量生(かわかみのぶお):
ドワンゴ代表取締役会長。1968年,愛媛県生まれ。京都大学工学部卒業後,ソフトウェア専門の商社勤務を経て,1997年に株式会社ドワンゴを設立。携帯電話向けサービス「いろメロミックス」などをヒットさせ,同社を東証一部上場企業へと成長させた。近年では,ニコニコ動画を成功に導くなど,独特の考え方をする実業家として知られる。2011年1月に突如としてスタジオジブリに入社し,プロデューサー見習いとして,鈴木敏夫氏に師事している。なお,本連載をまとめた川上氏の初の単著「ルールを変える思考法」も発売中。
関連記事:
「普通はこうだから」って意見とは戦っていきたい――ニコニコ超会議3を総括する「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第18回
なぜ今,努力しないで成功する物語がはやるのか?――引きこもりのプロブロガー・海燕氏がゲストの「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第17回
「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」記事一覧
- この記事のURL: