インタビュー
サウジアラビアの王子がお忍びでEVO Japanを視察――「ゲームプレイヤーのライフプラン」をサウジアラビアで作りたい
その名もフェサール王子(ファイサル王子)。 正しい名前は「His Royal Highness (HRH) Prince Faisal bin Bandar bin Sultan Al Saud」。報道では普通「ファイサル王子」「ファイサル・ビン・バンダル王子」と書かれることが多いが,今回日本語での表記はフェサール王子でよいと言われているので,そう記す。とはいえサウジアラビアには王子が100人以上いるわけで(そして昨今国際情勢を賑わせていることもあり),「どんな王子なの?」と思う人もいるだろうから,軽く説明を。
今回こっそり来日したフェサール王子のお父様は,スルタン(皇太子)家に生まれて長く駐米大使を勤めたことで有名なバンダル王子(HRH Prince Bandar bin Sultan bin Abdul-Aziz Al Saud)で,お母様は第三代国王(ファイサル国王)の娘であるハイファ王女。バンダル王子は,総合情報省長官、国家安全保障会議事務局長を歴任し,前国王の特別顧問として積極的に外交交渉を行ったことでも有名だ。
フェサール王子自身は米国で学んでいたが,2005年に米国よりサウジアラビアに戻り, 2017年にはサウジアラビアe-Sports連盟の会長にも就任している(アラブ連盟諸国が参画するe-Sports連盟の会長でもある)。
……などと堅苦しい話を続けてみたが,2年ほど前に「SASUKE」のアラビア語圏版制作のニュースが流れたり,昨年秋には「風雲!たけし城」のサウジ版制作というニュースが流れたりしたのを覚えている人もいるのではないだろうか。その両方の立役者が,実は今回のフェサール王子だ。
王子は,エンタメ大好き,日本大好き,ゲーム大好きなのだ。ちなみにEVO Japanには,初日から3日間,決勝の最後の最後までいらっしゃったのだが,そりゃもう楽しそうに試合を見ていたのが印象的だ。お付きの人と盛り上がるところも(アラビア語だったけど),拍手するところも,まったく同じ。あぁ本当にこの王子はゲームが好きなんだなぁ,と思った。
4Gamer:
まさかEVO Japanの会場にサウジアラビアの王族の方が来られるとは思いませんでした。お時間をいただけて光栄です。
Prince Faisal(以下,フェサール王子):
いえいえ。EVO Japanは注目していたので,前から来ようと思っていました。
4Gamer:
そうなのですね。お時間もあまりないでしょうから,ではさっそく……。まず,王子は王族の中で,どのような立場でどのような仕事をされているのでしょうか。
フェサール王子:
私の名前はFaisal Bandar Al Saudです。アラブ連盟諸国が参画するe-Sports連盟,およびサウジアラビアのe-Sports連盟の会長をしています。
4Gamer:
サウジアラビアにもe-Sports連盟があるのですね!
フェサール王子:
ありますよ。とはいっても4か月ほど前に設立されて,ちょうど活動が始まったところです。今は,今年行うイベントやトーナメントの企画をしています。
4Gamer:
下世話な想像なのですが,王族の方が絡んだ連盟で「イベントを行う」と聞くと,なんか凄まじく規模の大きいものを想像してしまうのですが。
フェサール王子:
まだそこまでじゃないですよ(笑)。まずは地方大会や全国大会を開催して,来年2019年にはインターナショナルなイベントを開催したいと思っています。
4Gamer:
それは純然たるe-Sports……ですか?
フェサール王子:
そうですね。でもトーナメント大会だけに留まらず,さまざまなものを展示するような,ゲームショウ的なものも企画しています。
4Gamer:
王族の中でもそういう仕事を任されるということは,実はフェサール王子も相当なゲーム好き?
はい,そうです(笑)。私自身は,PCゲーマーというよりはコンソールゲーマーですが,e-Sportsには欠かせないPCゲームも,やはりちゃんと学ぼうと思っていま頑張ってます。
4Gamer:
コンソールゲームだとどんなものがお好きなのでしょうか。
フェサール王子:
「アサシン クリード」シリーズなどの,物語性があるものが好きですね。それからスポーツゲームもたくさんやりますよ。
4Gamer:
スポーツゲームといえば,サウジアラビアはFIFAのほうが強いと聞いたことがあります。
フェサール王子:
ええ,正しい情報です。でもそれだけじゃないですね。Pro Evolution Soccer(日本名:ウイニングイレブン)もとても人気ですよ。
4Gamer:
純粋な興味からの質問なのですが,PCゲームはどういったものから「勉強」しているんですか?
フェサール王子:
League of Legends(LoL)やDota 2など,まずは有名なものから頑張っています。初心者みたいですね(笑)。
でも私が今後,サウジアラビアでe-Sports関連の指揮をとっていくためには,まず私自身が,世の中の人々が何をプレイしているか理解しなければなりませんから。……とはいえ,ペースはだいぶゆっくりですけれど(笑)。
4Gamer:
それが普通ですし,トップランカーとかになっていたらびっくりです(笑)。
日本とサウジの文化はとてもよく似ていると思う
4Gamer:
そのあたりの作品は,サウジアラビアでもプレイヤー数は多い感じなんでしょうか。
フェサール王子:
League of Legendsには,かなり大きなコミュニティがありますね。規模ではちょっと負けるかもしれませんが,Dota 2のコミュニティもかなり大きいものがあります。
4Gamer:
FPS関連はどうでしょう。
フェサール王子:
もちろんありますよ! Call of Duty,Counterstrike,Battlefield……などはけっこう盛んです。ほかにももちろん,Street Fighterシリーズや鉄拳など,格闘ゲームの大きなコミュニティもありますよ。
4Gamer:
一番人気のある格闘ゲームはなんですか?
フェサール王子:
鉄拳,Street Fighter,Super Smash Bros.の3つが互角ですね。また私個人の好みの話で言うなら,BLAZBLUEとGUILTY GEARに注目しています。
4Gamer:
そのラインナップは思い切りEVOとカブるんですが,これはもうサウジアラビアでEVOを開催すべきなのでは。
フェサール王子:
いいですよね! 日本くらい盛り上がれるかな?(笑)
でも真面目な話,「Saudi Vision 2030」(編注:2016年9月に,サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子殿下と安倍総理との間で策定された,政府間の対話枠組み)も踏まえ,日本とサウジアラビアの関係はとても重要ですから,日本と協調して進めて,日本とのつながりという要素は必ず入れたいと思っています。また,個人的にも日本とサウジアラビアの文化はとても似ていると思いますし。
4Gamer:
ちょっと意外な言葉が。どういうところが似ていると思われますか?
フェサール王子:
ホスピタリティに対する考え方や,他人の尊敬,年長者を敬う心など,そういった美しい部分が共通していますし,歴史的に見て素晴らしい指導者の元に国が統一されたところなども似ているのではないでしょうか。いずれにせよ,それによって人々が結束し,お互いに素晴らしい国になりました。
4Gamer:
なるほど,そういう根っこの部分も似ているのですね。
正直に申し上げて,多くの日本人にとってサウジアラビアという国は,物理的距離も精神的距離もやや遠い国だと思うので,こうしてお話できるのはとても興味深いです。
フェサール王子:
いままでさまざまな国を訪れていますが,日本は訪問するたびに,なぜだか「ただいま」という気持ちになれる国の1つです。日本の皆さんとは,先ほどお話ししたような類似点がありますから,すぐに仲良くなれますしね。お互いの距離は1万km近く離れていますが,まるでご近所さんのように感じますよ(笑)。
4Gamer:
そういえばもう日本には何度もいらしてますよね。「風雲!たけし城」とか「SASUKE」とか(笑)。
フェサール王子:
ええ。日本で多くのことを手がけています(笑)。
4Gamer:
月並みな質問ですが,日本の食べ物で好きなものはありますか?
フェサール王子:
しゃぶしゃぶ!
4Gamer:
しゃ,しゃぶしゃぶ?
フェサール王子:
そう,しゃぶしゃぶが大好きです! 日本に来るたびに新しいお店を開拓していますよ。このあとも食べてからホテルに帰ります(笑)。
4Gamer:
そ,そんなにお好きなのですね……。
サウジアラビアのゲーム業界そのものの発展のために
4Gamer:
ところで今回のEVO Japanに来られたのは,純粋な視察なのでしょうか。
フェサール王子:
そうですね。何かを急激に進めたり誰かと契約したりとか,そういうことではないです。
4Gamer:
主にどんなところを見ているんですか?
フェサール王子:
私はこのあと,色々なスタイルのトーナメントや新しいゲームをサウジアラビアに紹介したいと思っています。ですからこのような素晴らしいイベントに来て,皆さんが何をどのようにプレイしているのか,どのように設営・運営がされているのか,どんなゲームが人気なのか,何か新しい物や出来事はないか……そういったことを見ています。
4Gamer:
サウジアラビアの礎となる情報を集めている,と。
フェサール王子:
そうですね。新しいものや素晴らしいものをサウジアラビアに持ち帰りたいと思っていますし,持ち帰ってそれ以上のものを実現したいと思います。
4Gamer:
いまあるものをそのまま持っていくようなことはされたくないわけですね。
フェサール王子:
それもそうですし,既存のものの焼き直しをしたくないのです。現在手に入るもの,現在あるものの中でベストなものを持ち込んで,サウジアラビアで発展させて,サウジアラビアの人々そのものを成長させたいのです。
4Gamer:
なるほど。とても重要なミッションを担っているのですね。
フェサール王子:
そうです。そして私がもう一つ取り組んでみたいと思っているのは,ゲームだけでなく,サウジアラビアのゲーム業界そのものを発展させることです。ですから,新しいゲームタイトルだけでなく,ゲーム企業そのものにも興味を持っています。
4Gamer:
ゲーム業界そのものの発展……のために必要なものはなんでしょうか。
フェサール王子:
「ゲームプレイヤーのライフプラン」の構築が必要だと思っています。
小さい頃にゲームを学んで,いろんなキャラクターを見て,いろいろなゲームを経験して,プロフェッショナルのようなゲームプレイヤーになって……その後は,何ができるでしょう? ゲーム業界に入るとか,動画配信者になるとか,コーチになるとか……そういった感じでしょうか。そうやって,ゲームを通じたライフプランを,サウジアラビアでも育てていきたいと思っています。
4Gamer:
なるほど。ですがそれはサウジアラビアに限らず,日本でも重視されて然るべき問題だと思います。「ゲームが大好きな人」のためのキャリアプランというものが,まだ明確な形では存在していない気がしますので。
フェサール王子:
日本にもないのであれば,余計にやりがいがありますね(笑)。
そういうことを正しくやるためには,私が外に出て学ばねばなりません。手を組むのにベストな企業はどこなのか,サウジアラビアに進出してくれるのはどこなのか,ゲームの開発を教えてくれるのは誰なのか。
4Gamer:
そういう視点で見たときに,どこか目立った会社はありましたか?
フェサール王子:
なにせ日本の企業は最先端ですし,先ほどのVision 2030の関係もありますので,極めて興味深くいろいろな会社を見ています。またいくつかの国際的な企業……Activision BlizzardとかElectronic Artsとか,そういう会社も興味深いですね。
4Gamer:
引き合いに出される会社がやはり大きいですね。
フェサール王子:
私は,サウジアラビアという国を中東におけるゲームのハブにしたいのです。
そんな私にとってまず大事なことは,サウジアラビアのゲーマーやインディーズなど,「とても小さき存在」を守ることです。私が私の好きな会社を選ぶのではなく,サウジアラビア,そしてサウジアラビアの国民が成長するためにベストなものを選ぶことが大切だと思っていますから。
4Gamer:
では何か動きがあったら,ぜひ日本にも教えてくださいね。
フェサール王子:
もちろんですとも! もしサウジアラビアに興味があり,サウジアラビアで何かしたい方がいたら……そうですね,4Gamerさんを通じてぜひ教えてください。扉はいつでもあいていますから。
4Gamer:
思わぬ重責が降ってきました……。
―――2018年1月26日収録
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