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[CEDEC 2019]複数メディアを利用して断片化した物語を提供する,トランスメディアストーリーテリングとは。多くの事例が紹介された講演をレポート
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印刷2019/09/05 17:03

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[CEDEC 2019]複数メディアを利用して断片化した物語を提供する,トランスメディアストーリーテリングとは。多くの事例が紹介された講演をレポート

 もともとゲームがカバーする領域は広大だが,ゲーム産業が発達するに従って周辺領域がさらに広がったり,あるいは従来はあまりゲームと関係を持たなかった領域にもゲームの技術が活用されるといった事例が増えてきた。それと同時に,ゲームがそれら周辺領域の技術を利用するというパターンも多くなっている。

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「CEDEC 2019」公式サイト

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 開催中のCEDEC 2019では,「物語体験」という論点に着目し,欧米で普及しているトランスメディアストーリーテリングの手法と具体的な事例を紹介するセッションが行われた。さまざまなメディアの持つ特性に合わせて,それぞれのメディアごとに断片化されたストーリーを語ることで,新しい物語体験を構築するというこの手法について,エレメンツの石川淳一氏が詳細な解説を行ったので,その模様をお届けしたい。


断片化した物語の「効率の良さ」


エレメンツの石川淳一氏
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 まず最初に提示されたのは,ゲームにおける「よくある失敗」例で,写真を見てもらえば分かるように,「一度に大量の情報を,長々とプレイヤーに与えてしまう」パターンだ。プレイヤーは当然,このように大量の情報を記憶できないだけでなく,これを「うっとうしい」とすら感じてしまう。
 この問題に対してゲームがとった対策は,ゲーム空間に対して断片的に情報(=物語)を配置するという手法だ。プレイヤーはゲーム空間を移動していく中で順次,新しい情報を取得し,結果的その断片化された情報をつぎはぎしながら得られた体験を「ひと続きの物語」として理解する。

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 このような理解はゲームでだけ発生するものではない。人間が得ている情報はもともと不連続であり,それを整合性のあるストーリーとして無意識のうちに組み立てる機能が脳に備わっている,と石川氏は指摘する。
 さらに,人間には能動的に得た(つまり自分でつなぎ合わせた)情報のほうが,受動的に得た情報よりも記憶に定着しやすいという特性も持っている。

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 かくして断片的に情報を与える=物語を断片化するという方向性は,いくつもの面において効果的な方向性となる。その方向性は,

(1)人間の基本的な性質に即している

(2)能動的に得た情報は報酬として機能する(あるクエストを成功させた結果,「より大きなクエストを先に進めるにあたって会う必要のあるA氏はXという場所にいる」という情報を獲得するという構造で,この情報は「報酬」として理解できる)

(3)ストーリーラインのすべてを提示する必要がないので生産性が良い(「親を殺された子供がいなくなった」「家からはナイフがなくなっていた」「子供の親を殺した人物の部下が刺されて,大怪我をした」という断片的な物語が提示されるだけで,我々はそこに復讐劇を想起できる)

 といった利点を有するため,ゲームでもさまざまな工夫が繰り返されている。

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 ここにおいて,もう一段階メタな視点での「物語の断片化」があり得ると石川氏は指摘する。
 上記の状況は,ゲームの内部ですべてが完結している。だがもし,ゲームや小説,あるいは新聞といったさまざまなメディアを横断して1つの物語を断片的に語ることができれば――そして,受け手がその断片をある程度まで容易に組み合わせられるなら――それは新しい物語体験となるのではないか,という仮説が生まれる(もちろん,それぞれの物語体験は,各メディアの持つ「こういう伝え方や表現が得意」という特性を最大限に活かすものとする)。
 これこそが「トランスメディア ストーリーテリング」(以下TMS)であると石川氏は語った。

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 なお,事例紹介ではARG(代替現実ゲーム)が頻繁に登場したが,これは「ARGとは現実空間とリアルメディアを使ってTMSを行うもの」であるため。ある意味,ARGはTMSの内側に含まれているというわけだ。

この手の定義問題が頻発するが,石川氏は「作り手がそれぞれのアプローチが異なることと,自分がどういうアプローチを取るかを意識することのほうが大事」と指摘する
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実際に行われたTMS:デジタルゲームの場合


 講演はここから事例紹介に入った。すべてを紹介するわけにもいかないので,TMSという概念が理解しやすいデジタルゲームの事例を数件と,デジタルゲーム以外の事例を数件,簡単にまとめて紹介したい。

 まずデジタルゲームの場合,パターンは大きく分けて2つになる。1つはゲームそのものにTMSが融合しているもので,もう1つはゲームにTMSは存在しないが,ゲームのプロモーションとしてTMSが活用されるパターンだ。

 前者の例としては,良くも悪くも特徴的な「inFAMOUS Second Son」の無料追加コンテンツ「inFAMOUS Paper Trail」が挙げられる。この作品は,ゲームとキャンペーンサイトを往復しながらプレイされる。ゲーム内で発見した証拠品を撮影すると,それがキャンペーンサイトに送られ,それを調査していくと,ゲームで新たなミッションが発生したりする,というループだ。

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 実際のゲームとしては,例えば以下のような展開になる。

(1)証拠品となる被害者の財布を調べると名刺が見つかる

(2)名刺にはたいした情報はないが,メールアドレスを見ると独自ドメインなので,そこから勤務先の公式サイトのURLが推測できる

(3)ブラウザにそのURLを実際に入力してみると,探偵事務所のサイトにつながる(もちろんこのサイトもゲーム提供側が作った架空のもの)

(4)このサイトをよく見てみると,スタッフ専用のログインボタンがある。しかるにパスワードが求められるので「パスワードを忘れた」をクリックすると,「本人確認のための3つの質問」が表示されるので,これをゲーム内で手に入れた他の証拠品をもとに突破する

(5)ログインすると,被害者が行っていた調査の履歴が確認できる。そこで,調査相手の携帯番号を把握

(6)ゲームで「把握した番号の携帯電話を追う」というミッションがスタートする

 限られた情報からある人物が使っているWebサービスのIDとパスワードを割り出し,そこからさらに情報を追っていくという構造は,例えば「REPLICA」のように,それだけをゲームにしてしまった作品もある。
 だが「inFAMOUS Paper Trail」は,普段使っているブラウザとゲームを往復させることで,よりゲームと現実との間が曖昧になるような物語体験が楽しめるわけだ。

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 後者,つまりプロモーションの例としては,「Halo 2」のプロモーションARGとして行われた「I love bees」が紹介された。これは世界で最初に大成功したARGと言われているという。
 「I love bees」において,最初の異変はWebサイトで発生する。養蜂を始めたおばさんのサイトが,何者かにハッキングされるのだ。ハッキングされたサイトで丹念に情報を集めていくと,26世紀の地球(=Halo2の世界)からのメッセージが隠されていることが分かる。
 そして,その情報を追ってくと,公衆電話の位置と日時の情報が入手でき,指定の時間に指定の公衆電話に行くと実際に電話が鳴って,メッセージが聞ける(ときにはゲームのキャラクターと会話できることもあったという)。
 このプロモーションは大人気になり,中には,ハリケーンに襲われていたというのに問題の公衆電話に行った人さえ出たという。

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実際に行われたTMS:デジタルゲーム以外の場合


 デジタルゲーム以外の事例としては,まずは「名探偵コナン カード探偵団」が興味深い事例といえる。
 この作品は,トレーディングカード型ARGという,この段階で大変に興味深いものだ。TCGを購入すると,そのカード1枚1枚に謎解き(パズル)が提供されているので,それを解くというのが本作の基本となる。
 もちろん,これだけでも十分に面白いが,パズルを解いたあと公式サイトでパズルの回答を入力すると,正解なら「探偵ポイント」が獲得できる。このポイントは累積するので,ほかのプレイヤーと競う構造にもなっている。

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 探偵ポイントが溜まっていくと,より大きな物語が動き始める。しかもその物語は,現実世界とリンクする。例えばカードゲームの開発者である「安藤恵子」さんは,ゲームメディアでもインタビューを受けており,それ自体で独立した(普通の)記事になっている。
 だがゲームが進むにつれ「ID:HEY‐G(どう見ても平次)からのタレコミ」として「カード探偵団の開発者,安藤恵子が失踪した」という情報が飛び込んでくる。そしてこの事件を追うと,古い殺人事件が明らかになり……と,さらにその先へ物語が続いていく。

 もちろん,名探偵コナンのIPを使ったゲームなので,最終的にはコナンがすべての謎を解き明かすことになるのだが,プレイヤーは彼が装着している盗聴器ごしに事実がすべて明らかになるシーンが聞ける。このあたり,原作の世界観を巧みに現実世界にオーバーラップさせているようだ。
 また,本作の優れたデザインとして,楽しみ方が多段階に分かれていることも指摘された。
 本作はカード単体のパズルを解くだけでも楽しいが,ランキングで競争できるまで遊びこんでも楽しい。そのうえでもっと楽しみたければより大きな物語が見えてくるという形なので,プレイヤーがどれくらいガチかに関わらず,すべての段階で楽しめるようになっているわけだ。

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 演劇の世界の例としては,ニューヨークで上演されている「Sleep No More」と,1975年に日本で寺山修司さんが上演した「ノック」を踏まえたうえで,2019年5月に原宿のカフェで行われた「のぞきみカフェ」が紹介された。
 このイベントでカフェにやってきた4人の登場人物は,それぞれに悩みを抱えている。同じカフェにいる参加者は,4人の会話や持ち物を「のぞきみ」することで,彼らの悩みを解決する,という展開になる。

 「のぞきみカフェ」は,いわゆるイマーシブシアターの一種と言える。イマーシブシアターとは,演者と観客が同じ空間に立ち,その両者が(あるいは演者の空間と観客の空間が)入り混じって行われるタイプの演劇だ。

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 「Sleep No More」はイマーシブシアターブームの先鞭をつけた作品だが,100室以上の部屋を演者達が移動しながら芝居が続く形式になっており,観客は演者達の後を追いながら「何が起きているか」を知ることになる。だが演者達は,途中で別々の部屋に向かったりするので,観客は一度で物語の全貌を掴むことはできない。また,思いがけない部屋で芝居が進行していることもあり得る。

 「Sleep No More」のようなイマーシブシアターは大変にゲーム的で面白いが,その一方,観客が完全に物語から置いていかれる可能性もある。極論,「もうどこにいけばいいのか,何をすればいいのか,さっぱり分からない」状況が起こり得るのだ。
 この点,「のぞきみカフェ」は舞台が1つのカフェに限られているだけでなく,参加者が物語に関与できるタイミングも絞り込まれているため,大規模な迷子になる心配はないし,今は謎解きと調査の時間,という形で,何をすべきかも分かりやすい。

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 ちなみにこれ以外にも膨大な事例が紹介されているが,それぞれの事例はスライドを見ただけでもおおむね特徴が把握できるはずだ。興味ある人はCEDiLCEDEC Digital Library)からスライドをダウンロードしてほしい。

スライドで詳しく言及されないものもある。というか60枚を超える内容の濃いスライドを1時間に満たない講演時間で語りきるのは,ちょっと無理だったのでは
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「現実」と密に接し得るがゆえの課題も


 石川氏は講演の終盤に,「どうやってデジタルゲームにTMSを活かすか」という点について,いくつか重要な指摘を行っている。
 まずアプローチの方向性としては以下の3つが挙げられた。

(1)ゲーム内部に擬似的なものを作る

(2)ゲーム外のリアルメディアと連動

(3)プロモーションとしてゲームの外からゲームを支援する

 (2)と(3)は事例紹介で実例が示されている。(1)は「Telling Lies」「Her Story」作者の新作)のように,「データベース検索」「ビデオクリップ閲覧」というメディアを用意して,それを活用しながらゲームを進めるというパターンだ。

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 そのうえでTMSを実装するにあたって注意すべき3点が指摘された。

(1)コントロールのしやすさ
 TwitterやYouTubeなどのサービスを使うと臨場感が増すが,当該サービスの運営側からアカウントのBANや投稿の削除などを行われる危険性もあるし,規約違反があればBANされても文句は言えない。
 またTwitterのように爆発的な情報拡散が起こるメディアでは,想定外の炎上が発生する可能性がある(「誰それが誘拐された」というTMSのためのニュースが,本当のニュースとして拡散し,やがてフェイクニュースとして炎上する,など)。

(2)ハードルの低さ
 理論上はアマチュア無線を使うこともできるが,アクセスできる人数を考えると現実的とは言い難い。
 またリアルタイムで進行するTMSの場合,どうしても「後発組」のプレイヤーが生まれるので,彼らが追いつけるようにするために,なんらかの「まとめサイト」で情報収集のハードルを下げる必要がある。
 ちなみにハードルの低さを考えると,バランスの良いメディアとしてはスマホが最強だと石川氏は述べた。

(3)制作・維持コスト
 「inFAMOUS Paper Trail」は残念ながらサービスが終了している。
 またスマホをメディアとして使う場合,コントロールを強めるため,本当のSNSや動画投稿サイトを使うのではなく,それらのサービス群を擬した専用アプリを作るという方向性もある(専用アプリを立ち上げると擬似的なホーム画面が表示され,そこに架空のSNSやWebサービスアプリを起動できるアイコンが並ぶ,といったスタイル)。
 ただしこれを作るとなれば,制作コストは跳ね上がる。自社サイトを使って架空のサイトを作るなど,コストを下げる努力が必要になるだろう。

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 最後に石川氏は,今の日本のTMSに感じる問題として,断片化された物語をどうプレイヤーに提示,コントロールするべきかに慣れていないことを指摘した。ただ断片を並べるだけでは,例えば「謎解き要素が多すぎて,演技に集中できないイマーシブシアター」など,バランスを失った(結果として体験も微妙な)作品になりがちだという。
 この問題について石川氏は「とくにこれは,双方向の形式(=インタラクティブ)が一般的ではないジャンル(=普通の演劇や小説,旅行など)に多い」という。

 だが,ゲームは双方向性のエンターテイメントであり,ノウハウの蓄積は圧倒的に多い。ここにおいて,ゲームが関わっていないTMSでも,デジタルゲームの知見が活用できるのではないかというのが,石川氏の提言だ。

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 TMSは概念こそやや複雑だが,「1つのゲーム内部に擬似的なメディアをいくつも置くことで,TMSを実現できる」という視点に立てば,少なからぬ作品で,特徴的かつ効果的な手法として実装されていることに気づく。
 ざっと考えただけでも「Papers, Please」(人と各種紙資料と装置),「Replica」(スマートフォンとその上の各種メディア),「Orwell」(監視システムとその上のWeb),「Cibele」(PCのデスクトップ画面と,その上で動くオンラインゲーム)などがある。またスマホのインスタントメッセンジャーでの会話をうまくゲームの物語とリンクさせたアクションパズル「The MISSING - J.J.マクフィールドと追憶島 -」も印象的だ。

 「公衆電話が鳴る」とか「演劇の一部」とかいうことになると「それはちょっと」と感じる人も少なくないかもしれないが,TMSはこのように純粋なデジタルゲームをより面白くする技術としても活用される。これがどのように発展し,我々が知るどんなメディアが組み込まれていくのか,今後も注目したい。

「CEDEC 2019」公式サイト

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