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意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏
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印刷2020/09/02 12:00

連載

意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

画像集#009のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

 かつてナムコやコーエー(いずれも当時)でゲーム開発に携わり,現在はゲーミフィケーションデザイナーとして活躍している岸本好弘氏とともに,ゲーム作りのノウハウをゲーム以外の分野で活用している人を取材していく連載「意外なところにゲーム人」。

 連載第9回に登場いただくのは,ヒューマンアカデミー 全日制教育事業部 戦略室 シニアマネージャーの岡田卓哉氏だ。岡田氏は大学卒業後から,長らくゲーム業界で仕事をしていたが,2018年にヒューマンアカデミーに入社した経歴を持つ人物だ。現在は小学校低学年向け英語教材の開発と,同社ゲームカレッジのカレッジディレクターとしてカリキュラムの策定などに携わっている。今回は岡田氏に,ゲーム業界でのキャリアや,その経験を活かして現在どのような業務に携わっているのかを語ってもらった。

岡田卓哉氏(左)と岸本好弘氏(右)
画像集#001のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

※昨今の事情を鑑みて取材中はマスクを着用してのインタビューを行っております


人生を決めた「ドラゴンクエストII」と「信長の野望」,そして「EMIT」


 岡田氏が初めて触れたゲームは,小学4年生のときに遊んだゲーム&ウオッチの「パラシュート」。中学1年生のときにはファミコンにハマり,「部活動かゲームか」というような状態だったという。しかし,当時の主流は1プレイが数分程度で終わるアクションゲームだったので,中学を卒業する頃には飽きてしまった。
 そんな岡田氏が再びゲームに向きあうきっかけとなったのは,1987年に友人宅でプレイした「ドラゴンクエストII」だった。岡田氏は当時,「こんなに長い時間,遊び続けられるゲームがあるのか」と衝撃を受けたそうで,その後「信長の野望 全国版」に出会い,再びゲームにのめり込んでいったという。

岡田氏:
 「大学に入ったらアルバイトをして絶対に返すから」と親に頼み込んで,PC-8801を買ってもらいました。高校2年と3年の頃は,受験勉強の時間以外はずっと「信長の野望」をやっていましたね。

岸本氏:
 ゲームの黎明期,指先の器用さを競い合うアクションゲームが中心でした。その次には,指先の器用さではなく頭を使うゲームが登場します。その世界感に浸って冒険するPRGや,じっくり考えて操作するシミュレーションゲームがプレイヤーの層を広げました。そんな時代です。

 高校を卒業し東京大学に入学した岡田氏は,工学部 航空学科でジェットエンジンの設計を学んだ。その一方で興味・関心の幅が大きく広がり,美術史なども聴講していたという。岡田氏はこうした他学部の講義を受けるために,4年で卒業できたところをわざわざ1年留年したのだというから,岡田氏が抱いていた興味・関心の広がりは相当なものだったのだろう。
 1993年,大学を卒業した岡田氏は,光栄(当時)に入社。東大工学部 航空学科の卒業生の進路は,重工業メーカーに就職するか,大学に残って研究を続けるかのほぼ二択だったそうだが,岡田氏は「もっといろんな知識を活かした職に就きたい」と考えた結果,ゲーム業界に入ることを決めた。ちなみにゲーム以外では,百科事典や辞書などを作ってみたかったそうだ。

岡田氏:
 興味の幅がものすごく広がってしまって,このままジェットエンジンを設計する職に就いていいものかと悩んでしまったんですよね。そこで,「文系的な知識と理系的な知識,自分の持つ能力と創作意欲みたいなものをうまく活かせる職業はないか」と考えたんです。「専門バカになりたくない!」と畏れ多くも,東大で航空工学を専門に研究している教授相手に言ってしまったこともありました(笑)。
 そんなとき,ふと自分が高校生の頃にゲームばかりやっていたことを思い出して「これは面白い仕事だぞ」と思ったんです。それで,光栄に入社し,ゲーム業界に身を投じたわけです。

 入社したばかりの岡田氏は,光栄で「太閤立志伝」シリーズなどの「リコエイションゲーム」(シミュレーションゲームとRPGを融合させた光栄独自のジャンル)を作りたかったという。これはシミュレーションゲームの「信長の野望」と,RPGである「ドラゴンクエスト」が好きだった岡田氏からすれば,自然かつシンプルな希望だ。
 一方,当時の光栄は教育面に力を入れており,その中には普及し始めたCD-ROMの容量を活かして音声を使った英語学習ソフトを作ろうという企画もあった。岡田氏はその部署に配属となり,「イングリッシュドリーム」シリーズ第1弾「EMIT」の開発を手がけることとなった。

画像集#003のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 「EMIT」は,当時のいろんなプラットフォームに対応していました。中でもスーパーファミコン版はすごかったですね。CD-ROMドライブがないので,専用のアダプターを使いCDプレイヤーを赤外線でコントロールして,CDの音声を再生するという(笑)。
 当時は「教育? 英語?」という感じでしたけれども,今思うと自分が好きだったゲームとは違うところにもゲームの技術を応用できることが分かって,すごく良い経験でした。とくに自分にとって初めてのゲーム開発でその経験ができたのは,すごくラッキーだったと思います。ゲームは,さまざまな技術が加わったり,常に持ち歩けるスマホで遊べるようになったりといろいろな形で進化を遂げてきましたが,いずれも私にとってまったく違和感がなかったのは「EMIT」の経験があったからです。

岸本氏:
 コーエーには,岡田さんが退社して5年後に私が入社しました。当時,時たま「EMIT」が話題になることがあったのですが,今回の取材でそんな革新的な英語ソフトだったことを知りました。ゲームと英語学習をくっつけるとは,コーエーという会社はスゴイですね。


イギリス留学とセールス経験,開発者復帰を経て,再び英語学習ソフトに取り組む


 光栄にて英語学習ソフトや歴史シミュレーションゲームのコンシューマ版などを手がけていた岡田氏だったが,ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)がPlayStationでゲーム市場に参入して以降,マーケットが海外に広がりつつあることにも着目。「自身が開発したゲームを世界中の人に遊んでもらいたい」「世界中のクリエイターと一緒にゲームを作りたい」と考え,英語を学ぶために留学することを決めた。

岡田氏:
 当時は,自分が企画して,イギリス人が絵を描いて,アメリカ人がプログラムを組む――そんなゲームを作ろうなんて考えていました。そのためには英語ができなければダメだろうと思い,光栄を辞める2年ほど前から資金を貯めていました。
 1998年からイギリスに留学し,ある程度語学ができるようになった段階で,英語の勉強を続けつつスクウェア(当時)の欧州オフィスに入ったんです。

 スクウェア 欧州オフィスでは,マーケティングマネージャーとライセンシングマネージャーを任された岡田氏。当時のスクウェアは,セールスが得意な人材よりも,自社製品のクオリティの高さを説明できる人材を欲しており,ゲーム開発のディレクター経験のある岡田氏は,まさにうってつけの存在だった。
 さらに欧州オフィスはヨーロッパだけでなく,ASEAN諸国の大部分,中東の大部分,アフリカの一部,ブラジル,オーストラリアなどの映像にPAL方式を採用している地域すべてを担当する拠点だったことも,良い経験になったという。

画像集#004のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 PAL地域全域をカバーしているので,各国に出張しなければならないんです。その中で自社製品をどうやって売るのかを考えるんですが,国によって文化が全然違う。ヨーロッパはクルマの文化だから,クルマが動くゲームが売れる。だからヨーロッパでは「グランツーリスモ」シリーズが人気なんです。スポーツゲームなら,イギリスだとビリヤードやクリケットのゲーム,フランスなら自転車のゲームが店にドーンと陳列されている。日本じゃ考えられないですよね。
 あとテレビCMを作るにしても,国によって放映秒数が違います。オランダでは15秒,スペインでは60秒となったときに,すべての国で使えるよう10秒や15秒などの映像素材を作っておいて,国によって組み合わせて使えるようにするんです。
 世界でゲームを売るにはこんなことまで考えなければいけないのか,ということを学べたのは,本当にありがたい経験でした。

岸本氏:
 アナログテレビの時代には,ゲームをNTSC版からPAL版に作り直さないといけなかったのです,懐かしいですね。Xbox 360用ソフトの開発をやったとき,自動変換されるのにはビックリしたものです。
 ヨーロッパと一括りで呼びますが,それぞれの国で文化もやり方も全然違うのですね。それを実際に仕事で体験してきているのがスゴイですね。

 2002年に日本に帰国した岡田氏は,翌年4月にカプコンに入社し,ゲーム開発に復帰。当時立ち上がったばかりの東京スタジオで,海外のデベロッパとの共同プロジェクトに携わった。
 この時期はNTTドコモのサービス「FOMA」が普及し,並行してフィーチャーフォン向けの大型ゲームも続々と登場しており,岡田氏もやってみたいと思ったという。そこで2005年1月には,スクウェア・エニックスのモバイル事業部にプロデューサー・ディレクターとして移籍した。

岡田氏:
 当時,フィーチャーフォン向けのゲームで一番面白いことをやっていたのが,スクウェア・エニックスだったんです。端末のカメラで撮影した写真からアイテムを取り出すなど,コンシューマ機ではできないことをやり始めて,これは面白いなと。半分出戻りのような形で,スクウェア・エニックスに入社しました。

岸本氏:
 岡田さんはとても優秀な方だと思いますが,人生の選択が「面白いこと」「新しいこと」を優先しているのが面白いですね。

 スクウェア・エニックスにて,岡田氏は最初にフィーチャーフォン向けの「ドラゴンクエストモンスターズMOBILE」を手がけることになった。自身の人生に大きく影響を与えた「ドラゴンクエスト」シリーズの生みの親である堀井雄二氏と初めて会ったときは,緊張で声が震えたそうだ。

岡田氏:
 それまで十数年間,ゲーム開発に携わってきて,それなりに自信があったにもかかわらず声が震えましたね。「うわっ,堀井さんがいる!」って。堀井さんがホワイトボードにいろいろ書いている姿を,携帯のカメラで撮ったりしましたからね(笑)。おそらく「ファミスタ」シリーズにハマった人も,岸本さんを目の前にしたらそんな状態になるんじゃないでしょうか。

 その後,岡田氏はモバイル事業部長に就任するのだが,就任後もプレイングマネージャーとしてゲーム開発の現場に携わり続ける。並行してソーシャルゲームの台頭やスマートフォンの普及により,ゲームの在り方が変わっていくが,新しいものに対して抵抗のない岡田氏は選択肢が増えることを楽しんでいたという。

 その中で携わったタイトルの1つが,スマホアプリ「リアル対話で学ぶ実践英会話」シリーズの「SUMMER STORY」だ。これは,本当に使える英語力を身に付けられるよう,音声認識を用いた対話形式で,「話す(スピーキング)」と「聞く(リスニング)」を一緒に覚えられるというもの。また文脈を持ったストーリーにのせてシーンと一緒に英会話を覚える,条件反射的に口から出せる表現を増やすように決まった表現を丸ごと覚えるというコンセプトも持っている。コミュニケーションに使われる英会話テキストの作成・監修は,NHKエデュケーショナルが担当するという本格的なものだった。

岡田氏:
 「SUMMER STORY」は,教育アプリというよりもスマートフォンという新しいデバイスやPCとは違うネットワークを使って,プレイしたことにより何かが身に付くような何かを作れないかと考えていたんです。結果として英語学習ソフトに落とし込んだのは,今振り返ると根っこのところに「EMIT」の経験があったからでしょうね。


オンラインレッスンの採用で,より効果的に英語を学べる「Game English」が誕生


 2018年,岡田氏はヒューマンアカデミーに入社し,英語学習教材「Game English」の開発を手がけることになる。この教材は,ヒューマンアカデミーが持つ,年中児〜小学校低学年向けのカリキュラム「ゲームイングリッシュコース」用に作られた学習ソフトだ。当初はゲームの仕組みを使った学習教材を構想しており,英語に限らず歴史などを学べるようにしたり,児童や生徒だけでなく大人を対象にしたりといったことを考えていたという。

画像集#005のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 ヒューマンアカデミーの創業者で代表取締役会長の佐藤耕一が,新しいもの好きなんです。2020年からヒューマンアカデミーはe-Sportsカレッジを開設したんですが,それも佐藤の「今,eスポーツが流行っているらしいじゃないか」という言葉から始まったんですよ。
 あと,ヒューマングループには「国際人を育てる」という思想がありますが,ヒューマンアカデミーのランゲージスクールは業界では後発ということもあり,あまり目立っていません。そこで新しいことに挑戦しようといろいろ取り組んでいる中で,ゲームの仕組みを使った学習教材に着目したのではないでしょうか。

岸本氏:
 “ゲームの人を夢中にさせる要素をゲームに以外に活用すること”を「ゲーミフィケーション」と呼ぶのですが,これは学習を継続させるモチベーションアップにも活用できます。

 岡田氏はゲーム会社で教育系のソフトを開発することに限界を感じていたとのこと。と言うのも,ゲームはリリース時の市場状況やタイミングなど,さまざまな要因で大ヒットする可能性を秘めているのに対し,教育系ソフトはそれほど大きく儲かるわけではない。ゲーム会社としてどちらを優先するかといえば,やはり本来のゲーム開発という結論になるのだ。そこで岡田氏は,学習教材の企画をヒューマンアカデミーに持ち込んだわけである。

岡田氏:
 ゲームでは,プレイヤーに同じことを繰り返させるために目先を変えたり,感じ方が変わったりするような手法を使います。それを応用できるものの1つが,英語学習です。
 私自身,大学受験時には結構いい点を取っていたはずなのに,留学した当初は全然しゃべれなかったという経験があります。例えば「What do you like ?」という対話フレーズは,対象が変わると表現も「What does she like ?」「What do they like ?」に変わりますよね。この使い分けが,瞬時にできないんです。これができるようになるには,何千回とフレーズを使い分ける必要があります。しかし現実には,「What do they like ?」を何百回何千回と繰り返すのは難しい。
 ゲームはそこに面白さを加えて,いつの間にか何百回何千回と繰り返していたというところに持っていくのが得意なんですよね。

 「Game English」は5つのスマホアプリで構成されており,その1つ「Story Time !」は「桃太郎」の絵本を読んで,よく使う対話フレーズを何度も聞くという内容だ。最初は普通に,川の上流から流れてきた大きな桃から桃太郎が生まれ,やがて犬,猿,キジをお供に連れて鬼を退治するという進行だが,2周めは玉手箱が流れてきて,開けたら浦島太郎が出てくる。周回ごとにお供の動物や行き先も変化していき,クマを連れ亀の潜水艦に乗って竜宮城に行き鬼退治をするといった展開もある。少しずつ何かを変化させて,学習者である子ども達が繰り返し周回しても飽きないようにしているのだ。

 一方,何かから主人公が生まれ,お供を連れて目的地に行き,鬼を退治するというストーリーの流れは変わらない。そこに出てくる「What is your name ?」「What do you like ?」という対話フレーズは,何周もしているうちに何度も耳にすることになる。
 また画面には物語の進行に応じたシーンが表示されるため,そのフレーズをどういった場面で使えばいいのかも覚えやすい。例えば初対面のときと,2回めに会うときではフレーズが異なるといったことも覚えられるようになっている。

画像集#010のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏 画像集#011のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 仲間になる動物は何度も会っているうちに,だんだん服装が変わっていきます。また,犬は野球選手,キツネはコメディアンといったようにそれぞれ将来どんな職業に就きたいか,夢を持っています。同じ動物と何度も会っているうちに,会話も「スポーツが好き」から「野球選手を目指している」といったように,内容が深くなっていくんです。そうなると,次はどんな格好で来るんだろう,何を話してくれるんだろうと興味が湧きますよね。

岸本氏:
 ここがゲーム開発者らしくてうまいですよね。登場する犬もキツネも将来の夢を持っている。遊んだ子ども達が,彼らに触発されて将来の夢を持ち,学習意欲が高まる……ということもあるのかもしれません。

 岡田氏は英語学習ソフトを開発する際,3つの選択肢の中から正解を1つ選ぶようなクイズ形式の出題をなるべく避けている。その理由は,それが果たして本当に面白いかどうか疑問だから。学習させたいことに適したゲームのジャンルを考えることが,ゲーム開発の経験が活きている部分であり,やりがいにもなっているという。

画像集#006のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 例えば,ボキャブラリーを増やすスマホアプリには,育成ゲーム的な「Words to Know !」と,RPG的な「Words to Fight !」があります。前者は名詞を覚えるためのスマホアプリで,「apple」と発音するとリンゴが落ちてきて,それを鳥に与えると成長していくという内容です。与えたものによって鳥のテクスチャが変化し,野菜なら緑っぽくなっていきます。

 「Words to Know !」は食べ物のほか,自然,家の中にあるもの,学校に関するものなど6ジャンルの名詞各100語を収録。さらに100語を20語ずつ5つのカテゴリーに分けており,食べ物なら果物,野菜,飲み物,デザート,料理となっている。これは小学校で使われる英語の教科書と,英検4級までをほぼカバーする内容だ。
 またジャンルごとに育成する対象も異なり,学校に関するものならランドセルのキャラクターを育てていく。最終的にどのカテゴリーの単語を多く与えたかによってテクスチャが変化するので,それらをコレクションする,さらには友達同士で見せ合ったりするのも楽しみの1つだ。

岡田氏:
 なぜボキャブラリーでアプリを2つに分けたかというと,「big」と発音して大きな象が落ちてきたら,「big」が「大きい」という意味なのか「象」なのかが分かりませんよね。形容詞の概念を1つの形あるもので伝えても,おそらく分からない。一般的な英語教育では教師が象とアリの絵を使って「big」と「small」を教えますが,それは面白くないと思ったんです。

 それでは「Words to Fight !」がどんな作りになっているのかというと,主人公は英語を呪文として使う魔法使いで,最初は「Small Fire」しか使えない。成長に伴い「Big Fire」「Huge Fire」が使えるようになっていく。呪文で生成した火が次第に大きくなっていく過程を見て,学習者は「small」「big」「huge」という大きさの概念を表す言葉を理解できるようになるわけである。こちらは形容詞100語,動詞60表現を収録し,小学校で使われる教科書をほぼカバーしている。

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岡田氏:
 バトル中に「Small Monster」と唱えると敵のモンスターが小さくなり,「Dark Monster」なら暗い色になるといった演出が入ります。こうした変化を1枚の絵で見せるのは難しいですが,このスマホアプリなら演出で変化を表現できるんです。
 また形容詞であっても形状や材質を表すものは装備画面,味を表すものは回復イベントに割り振っています。これは低年齢向けということもあり,必ずしもこのアプリを利用するお子さんがゲームをプレイした経験があるとは限らないからです。とくに女の子は,RPGなんてやったことがないというケースが多い。そういう子達にとって,攻撃も回復もしなければならないバトルはすごく難しいんです。

岸本氏:
 私も大学教員だった時に学生と英語学習ゲームを作った経験があります。その時は子供向け英語教室の先生から,動詞を学べるゲームを作って欲しいと要望されました。1枚の絵と違い,ゲームはキャラクター動きがあるので,「Walk」「Run」「Jump」などの意味を理解しやすいのです。
 「アプリで学習するお子さんが,必ずしもゲームをプレイした経験があるとは限らない」という点は,学習ゲームの開発で大事なことです。ゲームは好きな子が遊ぶものなので,ゲームならではの暗黙の了解を組み込んでも大丈夫ですが,学習ゲームはすべての子供たちが遊べるように作らなければいけません。

 残る2つのアプリのうち「Let's Chant !」は,ラップのリズムに乗ってよく使う対話フレーズを発声するゲーム。音声認識により,うまく発音できると画面内がどんどんにぎやかになっていく。また12か月の季節設定に合わせて,音楽や登場キャラクターが変化するので,飽きずに繰り返すことができる。

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岡田氏:
 「Let's Chant !」は当初,まだアルファベットの読み書きができないお子さん向けに企画したんです。しかしその段階だと「apple」のような単語であれば耳コピ感覚で口まねできるんですが,対話フレーズになると尺が長すぎて「What is your...mmm ?」みたいになってしまうんです。私としては,子どもは耳がいいし,尺もそんなに長くないので大丈夫だろうと思っていたんですが,教育者としての視点が足りませんでした。
 そこであとから「Story Time !」を作ったんです。同じ対話フレーズを何度も繰り返し聞かせてから,あらためて「Let's Chant !」をやらせたらスムーズにできるようになりました。
 また「Let's Chant !」だけだと,その対話フレーズをどのシーンで使うかを覚えられないんですよね。「How old are you ?」という質問に対して,「My name is Takuya.」と回答してしまう。年齢を聞かれているということが分かっていないんです。これも「Story Time !」をプレイさせることで矯正できました。

 もう1つの「Letters to Know !」は,同じ文字を指で一筆書きでなぞって消していくパズルゲームだ。文字をなぞるとアルファベットに対応した音が出る(「A」なら「エー」)ので,表記と音の関連を覚えられる。

画像集#007のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 「Game English」は幼稚園の年少から小学3年生くらいを対象としているのですが,教材の開発には脳年齢を踏まえる必要があると気づきました。「Letters to Know !」は英語の基本となるアルファベットを学ぶアプリですから,可能な限り低年齢でもプレイできるようにしなければいけません。事前のモニタリングで,一筆書きは1歳半のお子さんでもできることが判明したので,あの形に落ち着いたんです。
 しかし「Words to Fight !」だと,幼稚園の年少くらいではまだ「彼らはお腹が空いたので,何かを欲しがっている」ということが理解できないんです。そうした脳年齢の差を考慮すれば,もっといい教材になったんじゃないかと思いますね。ゲーム屋が作るゲームは,低年齢向けとは言っても基本的にゲーム好きの子に向けたものなんです。しかし教材はそうじゃない子も相手にするので,もっと噛み砕いてあげないといけない。「Game English」は噛み砕き方が足りませんでした。

 年中児〜小学校低学年向けのカリキュラム「ゲームイングリッシュコース」では,アプリを使って1人で学ぶほかに,オンラインレッスンを月に1回行う。オンラインレッスンは,フィリピン在住の講師と実際に会話するという内容で,子ども達も意欲的に取り組んでいるそうだ。そしてこのオンラインレッスンこそが,岡田氏がこれまで取り組んできた「EMIT」や「SUMMER STORY」との決定的な違いだという。

岡田氏:
 どんなに面白いゲームでも,ずっとプレイしていたら必ず飽きます。それは「Game English」も同じですし,飽きてしまうとせっかく覚えた英語も忘れてしまいます。
 しかしオンラインレッスンで,自分が学んできたことが生身の人間相手に通じると分かると,すごく面白くなるんです。自分が英語を話して,講師から「Oh, very good !」という返答があると「伝わった!」と思って嬉しくなるし,逆に講師が苦笑いすると伝わらなかったと肌感覚で分かる。この面白さは,ゲーム内で何かを達成したときよりもはるかに上です。
 私はよくアプリを素振りや走り込みなどを練習,オンラインレッスンを試合に例えます。「月1回のオンラインレッスンでの試合を楽しむために,アプリで毎日練習するんだ」と。試合で結果が出れば,また練習しようと思いますよね。それが単体で学べる英語学習ソフトとの大きな違いなんです。

岸本氏:
 デジタルな学習とゲーミフィケーションはとても相性がいいものですが,機械にほめられるより,リアルでほめられる方がより嬉しいのが,人というものです。なので,デジタルとアナログのハイブリッドなゲーミフィケーションが最強。デジタルでの学習の成果を試す最後の“ボス戦”を,リアルのオンラインレッスンにしているので,大きな効果が期待できると思います。

 「Game English」は企画を岡田氏,プログラムをエムシーエフの真壁 浩氏,デザインを「アークザラッド」シリーズのアートディレクションを手がけた小山英二氏がそれぞれ担当している。3人は岡田氏がスクウェア・エニックスにいたころからの仲で,それぞれがベテランなので集まって打ち合わせをするとスマホアプリの仕様が次々に決まっていくという。

画像集#008のサムネイル/意外なところにゲーム人 第9回:ゲームの仕組みを応用して低年齢向け英語学習教材を開発。ヒューマンアカデミー 岡田卓哉氏

岡田氏:
 「Game English」は,1つ1つオリジナルで作っているので,開発が結構大変なんです。何しろ名詞を覚えさせるのは育成ゲームとRPG,センテンスを聴き取れるようにするのがアドベンチャーとそれぞれジャンルが違いますから。この3人だからこそ実現できたというのが本音です。

 さらに「Game English」では,“手触り”にもこだわった。これもまた3人が古くからゲーム開発に携わっており,手触りのいいゲームはついつい遊んでしまう,気づいたらプレイしているという人が多いことを知っているからである。

岡田氏:
 開発中,何か足りないと思ったときはそれぞれが手触りについてアイデアを出して解決しました。例えば「Letters to Know !」は,素早く一筆書きすると「A(エー)」の発音が被ってしまい学習効果が落ちるんですが,誰かが「最後の発音が聞こえればそれでいい」と言ったことで,そのままの仕様になりました。
 さらに,一筆書きを続けると,ドレミファソラシドと「A(エー)」の音階が上がっていくようにして手触りを良くすればいいんじゃないか,そうすれば子どもはもっと長く続けようと思うのでは? というアイデアも生まれました。15個もつなげると,音階が高くなりすぎて音がおかしくなるんですけれども,それはそれで楽しいと。
 一口に一筆書きと言っても,手触りを良くするアイデアがたくさん詰まっているんですね。その意味では手触りの良さというのは,ゲーム開発者が発想する教育ソフトならではのものと言えるでしょう。

岸本氏:
 手触りは,ゲームのすごく大事な部分なんですが,今のゲーム開発者の中にもそれが分からない人がいます。「手触りで止めるか続けるかを決める人もいる」と説明しても,「ああ,そうなんですか」とピンと来ない。「パズル&ドラゴンズ」や「スーパーマリオブラザーズ」みたいにずっと遊ばれているゲームは,手触りが良いんですよ。

 今後,岡田氏は英語学習にチャットボットの仕組みを採り入れるというアイデアがあるという。チャットボットは現在,企業や通販サイトなど多くのWebサイトで顧客やユーザーからの問い合わせ対応に利用されている。
 その仕組みは,例えばWebサイトに10個のFAQが用意してあるとすると,チャットボットは問い合わせのメールやチャットのテキストの中からいくつかのキーワードを拾い出して,どのFAQに割り振ればいいかを計算していく。そして,あるキーワード群のしきい値が一定以上に達したとき,「この問い合わせは,FAQの3番に対するものだ」と判断して自動回答する。もし一定量のテキストを一定時間チェックしてどれにも当てはまらなければ,人間のオペレーターが対応するという仕組みだ。

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岡田氏:
 英語学習は,本来ならネイティブの講師から1対1で教わるのが一番良いんですが,それだとお金がかかります。そこでAIやチャットボットを使って,コストを抑えようと。
 ただ今のAIでは,雑談など普通の会話をするのは相当難しい。2018年のGoogle I/OではAIが美容室の予約をするデモが公開されましたが,あれは今の最先端の技術と長い調整期間,そして莫大な予算を投じてようやく実現したんです。

 その一方,英語学習であればチャットボットの仕組みを応用できるかなと。もちろん自由会話は難しいですが,自己紹介などのようにシーンを限定すれば「PCが起動しない」といったクレームへの対応と同じようになるはずです。自己紹介で互いが知りたい情報は,名前や年齢,出身,趣味など限られていますよね。チャットボットが学習者の会話を聞いて,「これは名前を聞いている」「出身地を知りたがっている」という判断ができれば,あらかじめ用意してある回答を示せばいいわけで,必要な技術レベルがグッと下がります。英語学習では,自己紹介や買い物,ホテルのチェックインといったように,英語を学ばせたいシーンを限定できますから,ぜひチャレンジしたいですね。

岸本氏:
 「ゲームを作るのってそんなにお金がかかるんですか!」とほかの業界の方から言われることがよくあります。楽しい体験とともに印象深く勉強できる学習ゲームはとても効果が期待できるものなのですが,こういった予算観の差異があり,事例はまだまだ少ないのが現状です。その中でオリジナル学習ゲームを5本も作ったわけですから,岡田さんの事例は貴重と言えるでしょう。
 また,ベテランのゲーム開発者が集まって作っているのでゲーム性も高い。「習得が目的,面白いは手段」という学習ゲームの鉄則を崩さず,ゲームならではの面白さが組み込まれているのが,素晴らしいですね。今後の学習効果の検証にも期待しています。

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