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[CEDEC 2021]フランス人開発者が,日本のゲーム業界の常識を斬る。「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」聴講レポート
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印刷2021/08/26 16:32

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[CEDEC 2021]フランス人開発者が,日本のゲーム業界の常識を斬る。「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」聴講レポート

 日本で活躍するフランス人開発者が,日本ゲーム業界の問題点を指摘するという講演「Is Worldwide Competitive Game Development possible in Japan?/日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」が,ゲーム開発者向けカンファレンス,CEDEC 2021の2日目となる2021年8月25日に行われた。日本のゲーム業界が「マネジメント」「キャリア」「競争力」の3分野に抱える問題とは,どのようなものなのだろう?

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「CEDEC 2021」公式サイト


 講演を行うハンサリ・ギオーム氏は,東京に本拠を置くゲーム開発スタジオWizcorpのCEOを務めている。2006年に日本に住み始めて以来,ゲーム開発者としてのキャリアのほとんどを日本で積み上げてきたハンサリ氏は,フランスと日本ゲーム界の違いに疑問を覚えたことから独自の調査を開始した。具体的には「業界に10年以上勤めていて,海外ゲーム業界での仕事経験のある大手デベロッパやパブリッシャの幹部級人物」達を対象に聞き取り調査を行ったというもので,その結果を元に考察したのが今回の講演となる。

 講演に先立ち,ハンサリ氏は以下のような注意点を挙げている。

  • この講演は日本のゲーム業界を批判したものではない
  • この講演で語る日本のゲーム業界についての見解は,シンプル化のために過度の一般化を行った風刺に近いものや,特定のゲーム会社を示すものではない
  • 特定の会社やゲームを批判するものではない。あくまで「業界レベル」の話
  • 国同士を比較して優劣を付けるものではない。完璧な国はない。外国人が見た日本の特徴について語るものである

最後の項目はこの講演が「グルテンフリー」であることを示している。ハンサリ氏の講演はこのようにユーモア一杯だ
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 以上の注意点は講演の中で繰り返し語られる重要ポイントなので,これらを踏まえたうえで,本稿を読み進めてほしい。ハンサリ氏の講演にはユーモアが散りばめられており,テーマによっては物事をカリカチュアライズ(誇張)したりしている。
 ハンサリ氏の講演は英語で行われ,筆者は同時通訳付きの配信を視聴して本稿を執筆しているため,微妙なニュアンスの違いがあるかも知れないことをあらかじめご了承いただきたい(なお,同時通訳は,ゲーム業界の用語も正確に訳したものだったことを書き添えておく)。


フランスのゲーム業界人が,日本のゲーム業界を憂う


 ハンサリ氏は日本のゲームで育ち,日本のゲーム業界を深く愛している人物だ。かつて遊んだ日本のゲームに対して「とにかくほかよりも優れており,革新的で人を虜にし,いつも技術の最先端を攻めていて,世界的にも成功して高く評価されている」と賛辞を惜しまない。

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 そんなハンサリ氏だが,ここ10年,日本のゲームにこれらの魅力が感じられなくなってきたため,日本のゲーム業界を心配しているという。こうした状況を象徴するものとして氏が挙げたのは「Ghost of Tsushima」「原神」だ。前者は封建時代の日本を舞台とし,後者はアニメ風のアートワーク+日本人声優を起用した作品で,いわば日本的なゲームなのだが,どちらも日本で開発されたものではない。
 これを憂えた氏は,上記のように日本ゲーム業界のベテランに聞き取り調査を行った。そこから浮き上がってきたのは,「時間」「責任感」「モチベーション」に対する,日本独特の考え方だ。

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●時間
 日本は時間の捉え方が独特だ。プロジェクトの最初では時間がゆっくり流れ,期日までの時間がまるで永遠にあるかのように,優先度の高くないものに費やされるが,3分の2を過ぎたあたりからはものすごい勢いで過ぎていく。個人の作業時間も,「受け持ち作業を完成させるにはこれだけ必要」と上司に交渉して確保するものではなく,どこかからか割り当てられる。新しいツールを買うだけで効率が上がって時間を節約できるのに,非効率な旧型ツールを延々と使い続けて時間を無駄にするといったように,時間は希少ではなく安価なものとみなされる。

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●責任感
 日本では,責任感は個人が持つものではなくチームで共有する。とにかくチームワークが重視され,同僚を批判することがない。責任はチーム全体が取り,誰が責任を取るべきかの境界線が曖昧だ。海外では地位がどうあれ,自分がやったことにのみ責任を取るが,日本では誰がやったにしろ,地位のある者が責任を取る。また,評価基準が独特で,海外では結果が評価されるのに対し,日本では正しい姿勢や懸命に働いたことが評価される。

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●モチベーション
 日本ではキャリアの向上よりも情熱の実現を目的とし,個人が成果を上げることではなく,チームへの貢献にモチベーションを感じている。自分のことを能力を持ったプロであるというよりアーティストであると見なす。また,個人のプライドよりもチームとしてどう評価されるかを重視する。

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 ゲーム業界人であるかを問わず,日本の社会人なら,どの要素にしても身に覚えがあるはずだ。人によっては,耳が痛い指摘だと感じるだろう。


「マネジメント」「キャリア」「競争力」。3つの分野に潜む,日本ゲーム界の問題


 そんな日本ゲーム業界で問題なのが,冒頭にも書いた「マネジメント」「キャリア」「競争力」だという。


「マネジメント」

●1:ディレクターの問題
 ハンサリ氏が「カリカチュアライズ(誇張)し,皮肉を込めている」と前置きしたうえで語る日本のゲームディレクターはこんな感じだ。
 いつも忙しく,夜遅くまで銀座で何やら会議をしている影響で,出勤は午後2時頃。ゲームに関して,目指すべきビジョンを始めとするすべての答えと決定権を一手に握る「単一障害点」(ここが動かないとシステム全体が停止してしまうもの。システム用語)なのだが,忙しいため,すべてに手が回るわけではない。結果として,ビジョンを持たない部下達が仕様やら何やらについて議論することになるが,時間を使うだけで答えは出ない。また,前のプロジェクトと同じ技術やプロセスを使い回すことで,潜在的なイノベーションに悪影響をもたらす。

ゲームディレクターの姿
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●2:プロジェクトのライフサイクルの問題
 通常はコンセプト→プロトタイプ作成→プランニング→プレイアブル版と進み,ここでリスクやコスト,成功の可能性,品質などについて検証が行われ,合格したものが本格的な開発,つまり引き返せないポイントの先へ進む。そしてα版→β版→製品版となる。
 しかし,ハンサリ氏が日本で実際に体験した「経済的でないプロジェクト」は,そうではなかった。まずはビジュアルに焦点を当ててプロジェクトが始まり,プロトタイプができたあと,さらにビジュアルを作り,興奮を高めるために最初のトレイラーを制作。ここから盛り込めるだけの要素とビジュアルを盛り込み,プレイアブル版とさらなるトレイラーを制作。検証を行わず,制作上の課題を解決することなく本開発へと進み,この影響でどんどん時間を浪費し,時間がないためα版を作る暇もなく,先に盛り込んだ要素を削ってβ版を作り,変更が大きすぎたためにトレイラーも作り直し,遅れに遅れた状態でやっとリリースを迎えたという。

プロジェクトにおける,通常のライフサイクル(上)と,経済的でないライフサイクル(下)。前者にはプロジェクトの続行を検討する「GATE」が何か所かあるが,後者には存在しない。また,後者ではプロトタイプやプレイアブル版からのフィードバックも存在しない
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●「マネジメント」3:事後分析の問題
 なんとかプロジェクトが終わって事後分析をまとめても,ほかのチームがこれを読むことはない。つまり他者の過ちから学ぼうとしないので,同じ失敗が繰り返されて改善しない。

PDCAサイクルの「A」,即ち改善が存在しない
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「キャリア」

●1:新しい技術を学ぶ機会の欠如
 日本では,「仕事をしつつ学ぶ」という古い考え方が通用しており,社員が新たな技術を学ぶためのプログラムや時間を用意しない。ハンサリ氏は「大学などでゲーム開発に必要なスキルを学ばせ,資格が得られるという公式のカリキュラムが存在しないようだ」と指摘した。

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●2:会社への忠誠心を優先し,個人のキャリアが犠牲に
 キャリアアップよりも会社への忠誠心が重視される。日本のゲーム業界は海外と比べると転職回数や離職率が低いため,キャリアを伸ばすチャンスが少なく,昇進の順番が回ってきづらい。上司に恵まれず数年を無駄にしたり,会社への忠誠心ゆえにキャリアにならない仕事をやったりすることがある。こうしたことから,皆と情報を共有し,技術を磨いてプロになるという意識が少なく,結果としてプロの層が薄くなっている。

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●3:労働環境が悪く,給料が安い
 ゲーム業界の給料が良くないというのは世界共通の傾向だが,なかでもとくに日本のゲーム業界は給料が安い。これでは「好きな仕事を続けるか,それとも家族を養うために転職するか」と悩んだ有能な人材が他業界へ流出してしまう。「ゲーム業界は成熟して繁栄しているので,このような選択は本来しなくていいはず。この業界はもっと高い給料を払えるはずだ」とハンサリ氏は述べる。

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「競争力」

●1:R&Dがゲーム実装とうまく連携していない
 日本のゲーム業界がR&D(研究開発)にかける費用は他国とあまり変わらない。しかし,研究に携わる人は開発側の仕事にあまり興味を持たず,せっかく研究した成果をゲームに応用していくという統合フェーズが存在しない。結果として「デモはカッコイイが,ゲームに活かされることがない」状況が生まれる。

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●2:内向的過ぎる日本人
 日本人は英語に自信がなく,英語アレルギーとでもいうべき状態で,英語のコンテンツを避ける傾向にある。英語で書かれた技術ドキュメントも例外ではなく,最新の情報を得るのが遅れる。また,異文化で仕事をした経験が少なく,他国の出身者を雇うことに積極的でない。その結果「行間を察する」「空気を読む」といった日本的常識に慣れ,海外では順応しづらくなる。自分達の常識を批判的な目で見たことがなく,異なる文化に触れる機会も少ないわけで,このことがクリエイティビティやイノベーションを制約する要因となり得る

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●3:リスク管理
 リスクとコストを考慮したバランスの取れた分析が不足している。スケジュールと予算のみが基準となり,すべてのプロジェクトで成功を求められるようになる。

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 これらの指摘も,ゲーム業界に限らず,他業界でも心当たりがある人はいそうだ。


「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」フランス人ゲーム開発者からのアドバイス


 以上の分析を踏まえ,ハンサリ氏は再び「日本で世界規模の競争力のあるゲーム開発は可能なのか?」という最初の疑問に立ち返り,そしてその答えは「YES」だという。目的を達成するため,最後にハンサリ氏は,それぞれの課題に対していくつかのアドバイスを披露した。

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●マネジメントに関するアドバイス
 プロジェクトごとに,リードエンジニア,アート,デザインのリーダーチームを作り,責任の所在を明確にする。本開発に入る前に,あらかじめすべての問題点を解決しておく。失敗はつきものなので,バッファとなる時間を取っておく。開発スタッフのために,しっかりとした仕様書をこれまで以上に沢山作る。新しいツールを導入するなど,金で効率を上げられるならそうする。今のプロジェクトで燃え尽きるのではなく,次のプロジェクトも考える。

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●キャリアやクリエイティブスタッフに関するアドバイス
 自分のために勉強し,継続的に取り組みを行う。会社はこうした時間を確保することを推奨すべきであり,社員が向上心を持っていることを確認しなくてはならない。マネジメントスタッフは,ツールの買い換えによる作業効率のアップなど,容易に解決できる問題に対して会社としっかり交渉する。会社に対してと同じ位,自分の職業に対して忠誠を尽くす。ゲーム開発に求められるスキルを教えてくれる正式なカリキュラムやプログラムが必要であり,転職や異動などの回転率を上げ,キャリアや地位の向上機会を増やす。そして,労働時間を少なくして,給料を増やすべきだ。

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●競争力に関するアドバイス
 さまざまな文化のスタッフを受け入れ,リスクと安全のバランスを取ったポートフォリオを作る。研究プロジェクト内に,ゲームに統合する段階を取り入れる。そして,物事の改善を恐れない。

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●ディレクションスタッフへのアドバイス
 部下のリーダー達を巻き込んで予算編成を行い,改善の機会を逃さないようにする。ビジョンを文書化することで,本開発における方向性を統一する。新しいツールや試みを試すための予算を確保する。

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 日本ゲーム界に対するハンサリ氏の提言,いかがだったろうか?
 とくに「Ghost of Tsushima」と「原神」の衝撃の大きさについては,4Gamerが業界人に聞く年末のコメントでも指摘されており(コーエーテクモゲームスの早矢仕洋介氏,スクウェア・エニックスの安西 崇氏など),ハンサリ氏の講演から「海外の人もそう感じていたのか」とうなづける人も多いはずだ。

 「そこまで果断に職場の改革を進められないよ」と思うかも知れないが,普段の仕事で心がけられるような提言もあり,心に留めておけば,少しずつでも状況は良くなっていくかも知れない。

 ハンサリ氏は自己紹介で「休日にはパン作りとギター演奏,ワインを楽しんでいる」と語る。日本の労働環境に慣れた我々にとって異国の出来事のようだが,ハンサリ氏の会社は日本にある。つまりは意識次第で時間は作れる,ということなのかもしれない。
 また,ゲーム開発に関する教育の充実も大事だと感じられた。専門的な知識はもちろん,マネジメントやチームの作り方といった,社会人として働くためのスキルをしっかり教育するようなシステムが日本にできれば,状況を変えるために役立つのではないだろうか。

休日を楽しむハンサリ氏
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「CEDEC 2021」公式サイト

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