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[CEDEC 2021]人間の能力を拡張する「ヒューマンオーグメンテーション」とは。人とAIの融合によって起こりうる社会構造の変化
※記事内の画像はすべて配信画面をキャプチャーしたものです。
人間とAIの融合
ヒューマンオーグメンテーションは,ここ数年メディアなどで大きく取り上げられるようになったが,暦本氏によると概念自体は,AIとほぼ同じ頃に生まれたという。当時は「Intelligence Amplification(Augmentation)」――つまり「知能増幅(拡張)」と表現され,AIが人間の思考・行動を再現するシステムを指すのに対し,文字どおり人間の知能・能力を増幅したり拡張したりするシステムを指していたそうだ。
東京大学ヒューマンオーグメンテーション寄付講座では,ヒューマンオーグメンテーションをAR/VR,AI,ロボティクス/サイボーグ,ヒューマンインタフェースと,大きく4つの方向に分類しているとのこと。それらを相互に作用させることで,外骨格や義足などによる「身体機能の拡張」,現地に集まらなくとも会議ができるオンライン会議システムなどを指す「存在の拡張」,ARによって本来見えないはずのものが見えるようになる「近くの拡張」,そして「認知の拡張」が実現するという。
また暦本氏は人間とAIの融合や,AIによって人間が拡張されることに注目して研究を進めている。セッションでは,口の動きでその人の発話意図を理解できるようにする「サイレントボイス」を実現するシステム「Sotto Voce」が紹介された。このシステムは,声帯を損傷した人の発話を再現するために利用したり,あるいは屋外など声を出しにくいところで音声認識システムを使うときなどに利用する想定で,研究が進められているとのこと。
具体的には,発話している言葉と超音波エコー装置で映し出した発話中の舌の動きをディープラーニングでAIに学習させて,音声を復元している。これにより,声帯を使わずとも人間が口を動かすだけで発話できたり,スマートスピーカーなどのデバイスを操作できたりするわけだ。
暦本氏は,「このように人間とAIを直結することには,非常に大きな可能性があると考えている」と期待を語った。
人間とAIを直結することにより,AIがいろいろと学習していくことは当然だが,暦本氏は人間側も学習していくことに気づいたという。すなわちSotto VoceやDelmaを使った実験を長く続けているうちに,システムにより正確に発話させるための口の動かし方が分かってくるそうだ。暦本氏はそれを「新しい楽器の演奏方法を学んでいるような感じる」と表現し,「人間とAIを直結すると,人間はAIも含めて自分だと思うようになり,能力を拡張していくと考えている」と語った。
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)の進化を考えるときに,今やAIの存在は無視できないとのこと。HCIとAIについて「自分」と「他者」,「明示的(見える)」と「非明示的(見えない)」の軸で考えると,ヒューマンオーグメンテーションは自分の中に見えない形でAIが含まれている状態を指すのではないかと,暦本氏は指摘した。
自分の中に見えない形でAIが含まれている状態は,概念的なものではなく,現実としても研究が進められている。例えば「サイボーグとして生きる」の著者である工学博士のマイケル・コロスト氏は,自身の頭部に人工内耳のチップを埋め込んでいるが,このチップはプログラムを書き換えられるという。
暦本氏は「能力を自分で変化させられる可能性を示唆している」とし,「こういうことは今後広範囲で行われるようになる」と予想した。また日本では禁じられているが,海外では手術で身体にチップを埋め込み,NFC対応機器を使用できるようにしている国や地域があることにも言及した。
時間の操作
暦本氏は,ヒューマンオーグメンテーションにおいて時間は非常に面白い存在だと考えているという。例えば最近は動画などを1.5倍速で観る学生が増えているそうで,それは一種のヒューマンオーグメンテーションだと言えるとのこと。また1.5倍速に慣れてしまうと,現実世界の講演の速度を変えられないことが不便に感じるそうだ。これが動画なら,速度を変えていらないところを飛ばしたり,逆に詳しく知りたいところを繰り返し観たりできるというわけである。
そのように時間を操作する能力について,暦本氏は「ヒューマンオーグメンテーションの最上位」と表現。例えば「テニスのラリーをするとき,初心者からベテランに行くときと,ベテランから初心者に行くときとでボールのスピードを変えることができたら,能力の格差を是正できるだろう」とし,「トレーニングのやり方も大きく変わるのではないか」と語った。
スポーツや語学などのトレーニングについて暦本氏は,「いきなり難しいことをやると能力獲得は見込めないが,今の実力よりほんの少し難しい課題をこなすことで能力を改善できる」とし,AIの強化学習も最初は簡単にして,徐々に難度を上げていくことにより,結果的に早く学習できるという研究があることを紹介した。
能力のインターネット(Internet of Abilities, IoA)
話題は,「能力のインターネット」(Internet of Abilities, IoA)にもおよんだ。IoAは個々の人間によるヒューマンオーグメンテーションではなく,人と人,あるいは人とロボットや機械などの間でインターネットを介して能力を活用することを指す。
暦本氏はこの基調講演を引き合いに出して「インターネットを介していると,いろいろなことができる」とし,「オンラインでやっているのだから,実は録画であっても構わない」「同時通訳のプログラムを使えば,英語でしゃべっているかのように見せることもできる」と多様な可能性を紹介。「リアルだけで閉じない世界の発展が期待できる」とまとめた。
暦本氏がIoAを考えるにあたっては,ウィリアム・ギブソン著「ニューロマンサー」に登場する「ジャックイン」の存在が非常に大きいという。ジャックインは電脳空間に意識ごと没入する能力のことで,暦本氏は他人やロボットに憑依することも含めてこの名称を使っている。
ヒューマンオーグメンテーションの社会的な位置付け
暦本氏は,アーサー・C・クラークの「技術が人間を発明する」という言葉を紹介。例えば人間は,言語能力を獲得したことで思考するようになり,石器を発明したことで器用さを獲得した。「発明したものの効果で別の能力を獲得し,また別の何かを発明する」といった技術と人間の能力が相互に作用しており,どちらが先かとははっきり言えないことを示唆している。
暦本氏は例としてインターネットを挙げ,「インターネットが発明され普及したことにより,我々人間の考え方も変わった」と語った。
暦本氏は以上をまとめて「機械による人間の拡張」と「機械による人間の拡張」が同時に起きているのがIoAの世界でありと,「そうした拡張はネットワーク化により,以前より遥かに容易になった」と語った。
それでは,そうしたIoAの世界で発生している人間と機械の相互拡張により,人間は幸せになれるのだろうか。暦本氏は,昨今ではGPSに頼りすぎて地理的な空間把握能力が減退する,あるいは機械翻訳の使いすぎでせっかく身に付けた英語能力が落ちるといった,いわゆる「デジタル健忘症」が問題視されていることを挙げた。
その一方で,人間は自分自身で何かを成し遂げることに幸せを感じる,という研究事例も多いそうだ。例えば自閉症の人に「何でも良いからアート作品を作ってください」と,ものを作らせるとストレスが減るという実験結果があるとのこと。
またパーキンソン病の人は手が不随意に振動してしまう症状があり,普通のスプーンではうまく食事ができないのでサポートが必要になる。その場合にロボットなどのサポートを受けて食事をするよりも,スタビライザー付きのスプーンを使って自分自身で食べ物を口に運んだほうが幸福度が高くなるそうだ。
暦本氏は,ヒューマンオーグメンテーションがそうした幸福感に大きく寄与するものであると語った。
またヒューマンオーグメンテーションを「効率性」と「効能感」の2軸で考えると,4つのクラスに分類できるとのこと。
効率性と効能感がどちらも高いクラス1は,眼鏡や義足のように使う人にとって「拡張アプローチが必須のもの」である。そして効率性が高く効能性が低いクラス2は「拡張により性能・効果が向上するもの」で,本講演で解説された人間とAIの融合などを指す。
効率性は低いが効能感が高いクラス3は「拡張により充足感が向上するもの」で,すなわち最後に紹介されたスタビライザー付きスプーンなどのことである。暦本氏は「ヒューマンオーグメンテーションに技術開発では,効率性と効能感のどちらに寄せるかを考えることになるだろう」と話していた。
なお効率性も効能感も低いクラス0に関しては,誰もやりたくないことなので,例えば掃除能力を拡張するのではなく,自動的に掃除をするロボットを作ったほうが良いとのことだ。
「CEDEC 2021」公式サイト
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