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[CEDEC 2021]「動くガンダム」は,どのようにデザインと可動を両立したのか。実現までのプロダクションノート
どのように「動くガンダム」が作られていったのか,講演内容をお伝えしよう。
「動くガンダム」が何かを念のため説明しておくと,GUNDAM FACTORY YOKOHAMAで2022年3月31日まで展示されている,可動する実物大ガンダムのことだ。「機動戦士ガンダム」の主人公機であるRX-78-2が,空に向かって指をさすポーズや,片膝立ちのポーズを取る。
実物大ガンダム自体は,お台場で2009年に初めて登場し,2017年からはデストロイモードに変形するユニコーンガンダムが展示されてきた。これとは別に,横浜で2020年末から公開されているのが,「動くガンダム」である。
2009年の展示は,52日間で約415万人を動員し,大きな反響があった。そこで,今後は動かそうということで,ガンダム GLOBAL CHALLENGEが2014年に設立され,プロジェクトが動いてきたという。
プロジェクトの目的は,もちろん18mの実物大ガンダムを動かすこと。そして,ガンダムらしい動きを再現することだ。その開発キーワードとしては,さまざまな分野のテクニカルパートナーと協力しての「技術チャレンジ」,今ある技術での「実現可能性」,転倒などのない「安全性」,そして可動と両立する「デザイン」などを定めていたそうだ。
最初の丸3年を開発チームの立ち上げに費やしており,石井氏や吉崎氏,そしてクリエイティブディレクターの川原正毅氏によるディレクター3人体制や,テクニカルパートナーの9社が決定していった。
2018年に本格的な開発がスタートし,テクニカルパートナーの代表者を含む30人ほどでの会議を,隔週で行って計画を進めたという。2019年には,各部分の詳細設計や部品設計が始まり,パートごとの仮組みなども行われた。
そして2020年に,全体の組み立てと各種テストを行い,お披露目という流れになっている。
「動くガンダム」の実現には,さまざまな分野の技術が集結している。「Gドック」と呼ばれる保守点検用のデッキは,巨大な機械を格納できる建造物としての技術。ガンダムを支える台車の「Gキャリア」は,重いものを動かす重機や建設機械の技術。ガンダム本体のフレームは重機の技術,間接やシステムは産業用ロボットの技術,手の部分はエンターテイメントロボットの技術といった具合だ。
「動くガンダム」の本体は,全高18m,質量は約25t。鋼鉄製の可動フレームと,FRP製の外装で作られている。関節の可動はモーターと回転型の減速機を使用しているが,腰などの中心部はトルクが足りないため,電動シリンダを併用しているとのこと。動かすうえで軽量化は必須となるため,形状や素材の面で気を配っているという。
安全性の面では,腰部を後方から台車(Gキャリア)で支持する形を採用。コックピットはあるものの,動作時に人は非搭乗で,遠隔制御室から動作を指示する。また,雨や塩害といった野外環境,地震や台風といった天災を踏まえて設計されている。
ガンダムを支えるGキャリアは,転倒安定性を確保する巨大な台車となる。接続部であるマスト上のトロリーは,カウンタウェイトを用いたエレベーターのような仕組みで上下4mに可動する。
このマストは,ガンダムが片膝立ちをしたときに,後方を蹴り飛ばしてしまわないよう,格納スペースが用意されているのが特徴だ。
保守点検に使うGドックは,6階建ての多段デッキだ。ガンダム前方のメンテナンスやコックピットに乗り込むために,可動デッキが設けられている。
Gドックの隣には,観覧用のタワーも併設されているため,これまでの立像のように下から見るだけでなく,さまざまなアングルで実物大のガンダムを楽しめるようになった。
ガンダムが動くためのシステム,「動作プログラム」にも触れられた。
先に出たように,このガンダムはエンターテイメントロボット的な要素や産業用ロボット的な要素,重機械的な要素,建物的な要素など,それぞれが違うシステムで動いている。これらを1つにまとめて動かすのが難しかったと,吉崎氏は述べる。
吉崎氏は,これらを階層構造につなげることで,実際に動かす人からはただの演出制御装置の1つに見えるようにしたそうだ。簡単に言えば,照明に「首を振りなさい」「照明をつけなさい」と指示を出すかのように,簡単にガンダム全体を動かせるような工夫をしたという。
もちろん,間違った指示を出したときには「動かない」という判断を自動的に行い,異常を検知したら必ず止まるなど,安全監視のシステムも独立して搭載している。
動作プログラムには,吉崎氏が独自開発した「V-Sido」が使われている。ガンダムを作ってからモーションを振り付けたわけでなく,先にCGなどを使って実現したい動きを調整したそうだ。
こうしたモーションや,本プロジェクトにおけるCGの作成は,OpenGLやUnity,Unreal Engineなど,ゲーム開発でよく使われるソフトウェアを用いている。
ガンダムの動きは,上下で表現しようという目標があったそうで,関節部分のモーターのほとんどは,前後に動かすピッチ軸だ。動きは,「腕を上げる」「片膝立ち」「歩行」で,これを踏まえて各部の関節の配置を決めていったという。
下の画像を見ると分かる通り,肩と腰に多くのモーターが配置されているが,これは実際にガンダムを動かしたときに障害となる,肩カバーやスカートを動かすためのモーターが組み込まれているからだ。とくにスカートは,上半身を動かしても,ももを動かしても当たるため,可動範囲の確保には苦労したようだ。ゲームでは,スカートが干渉したまま動いていることも多いらしいのだが,現実で動かす以上はそうもいかない。
関節にはモーターと減速機が仕込まれているわけだが,減速機のサイズは出せるトルクに直結する。しかし,鉄の塊である減速機は重く,力を出そうとすれば大きくて重い減速機が必要になってしまう。さらに,末端の関節はその重さが積み重なってしまうため,肘の力を出そうと大きな減速機を使うと,肩が持ち上がらないといった事態になる。ただ大きいものを使えばいいわけではないのが,難しいところなのだという。
関節を動かすにあたって最初に決定するのは,どのぐらいの速度や加速度で動かすかだ。これを決めると,間接の構造も決められ,そこから重量やかかるトルクが算出できる。続いてトルクに耐えられる減速機を探し,それに合うモーターを決める。最後にサイズ調整となり,大きすぎるならモーターの数を変えたり,フレームの形を変えてデザインをすり合わせたりしなければならない。
それでも収まらなかった場合は,軽量化が必要になるので,重量を決めるところからやり直しだ。吉崎氏は,このプロセスを何度も繰り返すのが大変だったと振り返っていた。
歩行モーション中は,持ち上げた足を地面につけるような動きをするが,実際はついておらず,動きに合わせて台車が移動している。このとき,歩行で動かさないほうの足は,実際に動いていないわけではなく,足先が地面を滑っているように見えないよう,全身運動制御を行っているそうだ。
そしてこの制御は,ゲーム開発でも使われるIK(逆運動学)で単純に行っているわけではないと吉崎氏は話す。今回のガンダムのように,物理制約がきつい場合,IKの演出は枷になってしまうため,あえてIKの正確さを捨てる工夫をしているという。
ガンダムのデザインと動きを両立するために
ここからは後編のセッションとなる。まずは,ガンダムを動かすにあたって直面した課題として,「実際に動かすことを想定していないガンダムを,どのようにして動かすか」「どのようにしてデザインと動きを両立するか」が挙げられた。
ここで紹介されたのが,内部のフレームだ。例えば下にある画像の「1-a」部分を見ると,足首のフレームは初期案が真っ直ぐなのに対して,最終案は内側へ曲がっているのが分かる。関節にはモーターが付くため,外側に膨らんでしまう。そのため,そこを隠すためのカバーが必要になるわけだが,ガンダムは脛下が細いデザインになっているので,カバーは違和感を生んでしまう。そこで,フレームの一部分を内側に入れ,空いたスペースにモーターを入れることで,ガンダムのイメージを保っているのだ。
2009年の,最初に作られた実物大のガンダムと比較しても,「動くガンダム」は同じRX-78-2でありながらもデザインがけっこう変わっている。とくに今回は,動かすということで,風や重さの影響が大きい。そのため,できるだけ手足を細くしたり,ビームサーベルやバックパックを小さくしたりして,軽量化を図っているそうだ。
違いが大きな部分として注目してほしいのが,肩だ(上にある画像の一番右を参照してほしい)。八の字になるよう変更されているが,理由は2つある。1つは,腕を上げたときに,斜めに上がっていくことによって横の動きが加わるため,よりダイナミックに動いているように見えるから。もう1つが,腕を曲げたり,腰を左右に動かしたりするので,干渉しないよう隙間を確保したいからだ。
また,足を見ると膝の位置も低い。膝を高くしたほうが足が長く見えるのだが,「動くガンダム」の場合は片膝立ちの見栄えをよくするため,人間と同様にももと脛のバランスが1:1になっているのだ。膝を下げたぶん,膝カバーは上に長くなっている。
ガンダムを動かすにあたって,ソフトウェア上のシミュレーションと,実機の動きのすり合わせにも苦労したという。先に出たように,ガンダムを作ってモーションを考えるのではなく,設計データを元にCGでモーションを作ったため,実機がどれだけCGの動きを再現してくれるか,緊張しながら確認していたそうだ。
実機を作る前に,試作機はさまざまなものを作ったという。小さなものであれば,1/500サイズの3Dプリント+ペーパークラフト。ほかにも,プラモデルを改造して,関節やデザイン,可動の確認などをすることもあったようだ。
「動くガンダム」は,「1/48 RX-78F00 ガンダム」としてプラモデル化されているが,これもモーションを考える参考にしたという。
「富野監督からの監修はどうだったのか」と聞かれた吉崎氏は,強くNGを言われることはなく,建設的な意見をいただいたとコメント。そのうえで,要望として「Vサインはできないのか」というものがあったそうだ。
その時は見せられずに悔しい思いをしたそうだが,この講演から1週間前の8月21日,ようやくVサインができるようになったと写真を見せてくれた(ただし,一般公開はされていないモーションだ)。
一方,石井氏は,富野監督との議論の中で,「Gキャリアで支えていていいのか」と指摘されたことが印象に残っているという。実現性を考えると,支えは必要だ。ただ,富野監督の中では,「ガンダムというフィクションと,リアルに作ったものの線引きを見たいという思いがあったのではないか。最初から台車ありきではリアルによりすぎていて,もっとチャレンジすべきと考えたのではないか」と,石井氏は話していた。
幸い,実際に完成したガンダムは,富野監督が思っていた以上にフィクションに近いという印象を持ってもらえたようで,喜んでもらえたことが嬉しかったそうだ。
最後にお知らせとして,「動くガンダム」のメイキング本が紹介された。これを見ればガンダムを作れる……か保証はできないが,ソフトウェア的にも,メカ的にも,デザイン的にも,かなり細かい内容まで収録されているので,気になるところがある人にはおすすめとのことだ。
GUNDAM FACTORY YOKOHAMAでの展示は2022年3月31日までとなる。まだ見たことがない人は,ぜひ現地に足を運んでみよう。
「CEDEC 2021」公式サイト
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