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ゲームユーザー数世界2位を誇るインドのゲーム市場とは。「黒川塾 八十六(86)」聴講レポート
今回のテーマは,「Go! India エンタメ最後の楽園 佐藤翔が語るインド・エンタメ事情」。新興国のゲームマーケティングに精通したルーディムスの佐藤 翔氏をゲストに迎え,ゲームユーザー数世界2位,さらにはアジアでトップの市場成長率・ユーザー拡大率を誇るとして注目を集めている,インドのゲーム事情にまつわるトークが繰り広げられた。
インドのゲーム産業,最近のニュース
最初のテーマは,2021年から現在にかけてのインドのゲーム事情について。佐藤氏によると,インドのゲーム界隈では毎月のように何かが起きているそうで,逐一説明していたのではキリがないという。
2021年第1四半期は,それまでインドでもっとも人気のあった「PUBG MOBILE」(iOS / Android)が禁止されていた時期で,ゲームに関わる人や企業のさまざまな思惑がうごめいていたとのこと。
そもそもインドでゲームがプレイされるようになったのは,モバイルゲームが台頭してからだという。それまでのインドは電力供給の不安定さなどの理由から,PCゲームやコンシューマゲームはあまり流行っていなかったそうだ。しかしモバイルゲームであれば,例え周囲が停電になっても,スマートフォンやタブレットのバッテリーがなくなるまではプレイできるというわけである。
そんなモバイルゲームの中でも,「PUBG MOBILE」は,「通信」「決済」「販促」という3つの点でタイミングがよかったと佐藤氏。まず通信に関しては,大手財閥のリライアンス・インダストリーズが4Gや3Gなどの高速回線の格安プラン提供を始めており,都市部ならモバイルゲームを十分に遊べる通信速度を得られる環境が整っていた。
決済については,クレジットカード決済やモバイル決済の普及が挙げられた。というのも,インドでは大半の人々が長らく銀行口座を持っておらず,したがってクレジットカードなども使われていなかったのだ。しかし近年,横行する公務員への汚職対策として,贈収賄に使われる高額紙幣を無効にする政策が施行された結果,多くの人が銀行口座を持つようになり,一気に決済事情がよくなったとのこと。
販促に関しては,テンセントの注力が大きかったという。近年,中国にてゲームに関する厳しい規制がなされているのは記憶に新しいところだが,2018年当時,「PUBG MOBILE」も中国内でサービスを展開する許可がなかなか降りなかったとのこと。そこでパブリッシャのテンセントは,同時期に「PUBG MOBILE」を中国以外の国や地域で大きく展開したのである。
そうやって通信・決済・販促が整ったインドにて,「PUBG MOBILE」は爆発的にヒットした。佐藤氏によると,それまでのインドのゲーム人口は,東南アジアの1国と同程度しかいなかったそうだが,「PUBG MOBILE」によって大きく増加したため,国内外から一気に注目を集めることとなった。そんな「PUBG MOBILE」が禁止されたため,「さあ,どうするか」という思惑がうごめくこととなったのだ。
2021年第2四半期は,「PUBG MOBILE」をベースとし,規制をクリアした「BATTLEGROUNDS MOBILE INDIA」が発表に。またバトロワタイトルの「Free Fire」(iOS / Android)も,インド内で勢力を伸ばしていたという。
2021年第3四半期は,7月に「BATTLEGROUNDS MOBILE INDIA」の予約数が4000万を突破,8月には累計5000万ダウンロードを記録した。佐藤氏によると,現在の累計ダウンロード数は1億を超えているとのこと。
またモバイルゲームプラットフォーム・Mobile Premier League(MPL)が評価額23億ドルに達し,インドのゲーム関連では2番めのユニコーン企業※となった。
※急成長し,高い評価額を得ている企業のこと。設立10年以内で評価額10億ドル以上の非上場ベンチャー企業を指すことが多い
2021年第4四半期は,インド内の州によってはギャンブル同様のゲームが規制されるようになってきたそうだ。これは,インドではギャンブルと台頭してきたばかりのゲームの線引きがまだ曖昧なことが理由である。また規制するかしないかは,各州の判断によるので,ゲームを展開するうえではなかなか厄介とのこと。
直近の2022年第1四半期は,1月にTwitterにおけるインドのゲーム関連投稿が世界10位に。それをリードしたとされるのは「原神」だが,佐藤氏によると実はインドのランキングではあまり奮わないという。世界10位に入ったのは,パブリッシャの努力があったこと,またそもそもインドの人口が多いからというのが,佐藤氏の見解である。
2月には,インド連邦政府がAVGC(アニメ,視覚効果,ゲーム,漫画)産業タスクフォースを設置し,コンテンツ産業の支援強化を表明。
その一方で,「PUBG MOBILE」に代わり台頭していた「Free Fire」が配信停止となった。佐藤氏によると,同時期にセキュリティ上の理由から中国製のアプリが配信停止になったそうだ。しかし「Free Fire」を展開しているGarenaは,テンセントが主要株主であるとはいえ,シンガポールの企業なのでシンガポール政府が配信停止に懸念を示すこととなった。
インドのゲーム市場概観
佐藤氏によると,インドのゲーム市場は,中国や東南アジアのそれとは結構異なる点があるとのこと。まず「市場調査があてにならない」そうで,その理由は人々がさまざまなグループ分けをされており,グループごとに生活環境がバラバラなためだという。すなわち,アンケートを取ろうにも各グループからバランスよく対象者を抽出することが難しく,同じ設問でも回答の比率が変わってしまうというわけである。
また「現地ゲーム企業が未熟」であることも挙げられた。今や中国展開は現地のパートナー企業に任せるのが一般的で,佐藤氏によると東南アジア展開も次第にそうなりつつある感触とのこと。
一方,インドはゲーム会社こそ多いものの,そのほとんどが大手企業のアウトソーシングを引き受けるタイプで,マーケティングができるところはほぼないそうだ。
さらには「ジャンルの違い」もある。中国や東南アジアでは日本のコンテンツが人気だが,インドは違うとのこと。ただしヒンドゥー教徒の少ないインド北東部は,東南アジアに性格が近く,日本のコンテンツや韓国ドラマが受け入れられやすいという。
トーク中,以下のスライドのようにコンサルティング企業などの調査に基づくインドの市場概観や注目点も示された。面白いのは他人のゲームプレイの視聴時間が,ほかの国よりかなり多くなっているところで,佐藤氏は「インドの人達の多くにとって,ゲームとは『PUBG MOBILE』から始まったもの。いわばモバイルネイティブ,ストリーミングネイティブなので,観るのが当たり前になっている」「同じ理由でeスポーツ,とくにモバイルeスポーツも伸びている」との見解を示した。
インドでは地方ごとに言語が異なり,20種類にもおよぶので,それらに合わせてローカライズするのは予算的に厳しいという。その一方では,ストリーマーはローカルの言語を使って動画を配信しているので,彼らの協力を得てマーケティングを展開すれば,同じ言語を使う地域の人達へのアピールがやりやすくなるという指摘もなされた。
インドのゲーム産業の現況
前述のとおり,インドのゲーム会社の多くは,アメリカなどの大手企業からの外注を引き受けるタイプだが,2010年代後半から国内市場が活性化したことに伴って,独自IPのゲーム制作に注目が集まるようになったとのこと。そして2021年からは,ハイパーカジュアルゲームを手がける会社が急増しているという。
トークの終盤,佐藤氏はインドの市場について「スタートフェイズなので,何でもあり」だが,ベテランはいないので現地パートナーに任せきりにはできないと改めて語った。またパートナーを作るにしても,定期的かつ頻繁にすり合わせをする必要があるとのこと。
またインドではゲームの定義が定まっていないため,州政府・連邦政府の動向にも注意する必要がある。とはいえ,佐藤氏の感触ではゲームとギャンブルの混同はかなり解消されてきているそうで,2022年内である程度「ゲームとは何か」という認識が定まるのではないかとよそうしているとのこと。
加えてゲーム開発者はインド各地に分散しているので,欧米やアジアのカンファレンスに参加できるのはごく一部であることも指摘された。そのためインドでの展開を考えるなら,現地で開催されるゲームイベントや開発者向けワークショップなどに参加して,きちんとネットワークを形成するといいそうだ。
トークの最後で,インドのゲーム市場の成長について問われた佐藤氏は「間違いなく伸びる」と断言。「州政府・連邦政府がゲーム禁止法を作らなければの話だが,AVGC産業タスクフォースを設置するくらいだから,それはまずないだろう」との見解を示した。
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