紹介記事
2000年代の日本を騒がせた実話。映画「Winny」から,ネットを席巻したP2Pファイル交換ソフトの歴史を辿る
いまから20年前の事件になるが,4Gamerの読者にはリアルタイムで追っていた人も多いだろうし,実際に自分もWinnyを使っていたという人も少なからずいるだろう。また知らない人であっても,一連の事件を描いた今回の映画で,その顛末をあますところなく把握できるようになっている。
映画というものはその特性から,数時間という短い枠でさまざまな事象を見せて,ストーリーをすっきりと起承転結で収めている作品が多いが,本映画「Winny」もそれに則っている。純然たるドキュメンタリーではなく,あくまでも実話に基づいた作品なので,どうしてもそれぞれの役に“ポジショントーク”をさせる必要が出てくるのだ。「金子氏は一人の開発者として,後世の技術者のために大いなる犠牲となって黒幕と戦った偉人なのだ」とか,「日本のシステムは開発者の芽を潰すものでしかない」とか,「日本の警察や政治家は本当にダメだ」とか,半ばお約束的な正義と悪の戦いとしての楽しみ方もあるが,それだけに留まらずじっくりと思いを馳せながら楽しむ余地もあるだろう。
P2Pファイル共有ソフトの戦国時代
2002年にベータ版が公開され,2003年に正式版として登場したP2P※ファイル共有ソフトウェア「Winny」が,今回の事件および社会的波紋の中心となる主人公だ。それがなんであるのか知らない人のために,まずはファイル共有ソフトというものの発展を辿ってみよう。
※P2PはPeer to Peerの略。複数の端末の間で通信を行うとき,仲介サーバーを介さずに,各クライアントが「対等な通信相手」となって直接データ交換ができる通信モデルのこと
Napsterはすべての情報を中央サーバーに集約する必要がなく,ファイルの各種メタデータのみを管理し,クライアント間(Peer to Peer)でファイルを転送する仕組みが特徴だ。ユーザーは,共有の意思があるファイルをNapsterのサーバーに登録してそれが管理されるというシステムから,完全なるP2Pではなく,ハイブリッドP2P(第一世代P2P)と呼ばれている。
その延長にあるのが,2000年に登場した「Gnutella」と「Freenet」だ。ここからはサーバーに依存せず,純粋にピア間の通信のみを実現している。クライアントがサーバーを兼ねるという連鎖的な仕組みで,ファイルのダウンロードと同時に共有(アップロード)状態となる。データを分散しているので,中央サーバーが終わってもすべてが停止するようなことにはならず,耐障害性が高い。
Freenetは,ファイル転送効率よりも強固な匿名性を重視する方針で開発されたソフトウェアだ。オリジナル発信者が誰なのか分からないよう,暗号通信プロトコルに従って相手先と情報をやり取りする機能のみを提供しているので,ファイル共有などを行う時は,別途フロントエンドを用意しなければならない。
そしてそれらを経て2001年に登場した「WinMX」は,中央サーバーにファイル情報だけを収納し,実際のファイル交換はP2PというNapster式を採用。Freenetよりファイル交換の効率は高いが,オリジナルの発信者にはたどり着きやすいシステムだった。2バイトコードを扱えるという特徴もさることながら,ちょうど「Yahoo!BB」の普及(=ブロードバンド回線の普及)とも重なり,日本で爆発的にユーザーが増えた。読者の中にも使っていた人がいるかもしれない。
さて,ようやく時系列が「Winny」まできた。2002年5月に登場したWinnyは,開発当時に大流行していたファイル交換ソフト「WinMX」の次を目指すという意味を込めて,“MX”の文字をそれぞれ1つずつ進めた“WinNY”が名前の由来だと噂されている。2006年3月に,ソフトウェア技術者連盟(LSE)が開催した「Winnyの技術とその到達点」というお題のセミナーでは,金子氏はWinnyを開発するきっかけについて,「Freenet(フリーネット)というP2Pソフトウェアの匿名性に感銘を受けたから」だと述べている。
外部サイト:「Winnyの技術」をもとに当時の到達点を明らかにする(PDF)
それ以前のファイル交換ソフトと比べ,ファイルは暗号化されたキャッシュであって,実際のファイル所有者以外のコンピュータに分散して置かれたファイルをバケツリレー方式で運んでいく。匿名性が高いと同時に交換効率も追求した,いいとこ取りのシステムとなっているのだ。Winny上にいるクライアントにファイルをバラ撒いている形のため,一度ネットワーク上にアップされたファイルは削除することが困難というデメリットもある。
「成るもまた蕭何,敗るるもまた蕭何」。WinMXを超えて爆発的にユーザーを増やし,その匿名性と利便性の高さで多くの人に利用されたWinnyは,それまでのファイル交換ソフトと同様,違法ファイル交換の温床になってしまった。
登場時期 | ソフト名 | モデル |
---|---|---|
1999年5月 | Napster | ハイブリッドP2P(第一世代) |
2000年3月 | Freenet | ピュアP2P(第二世代) |
2000年3月 | Gnutella | ピュアP2P |
2001年 | WinMX | ハイブリッドP2P |
2002年5月 | Winny | ピュアP2P |
2003年4月 | BitTorrent | ピュアP2P |
技術には罪がない?
2002年の5月にβ版が,1年後の2003年4月に正式版が公開されてからも,Winnyの開発はしばらく続いたが,2004年に金子氏が京都府警に著作権違反ほう助の罪で逮捕されて,Winnyの開発は停止された。
映画の中にも出てきた一つの例として,「殺人に使われた包丁を作った職人は逮捕されるのか」がある。包丁を作る人に罪はなく,殺人に使うなど包丁を悪用している人だけが罪に問われるべきだということだろう。包丁は,料理のときの必須道具として作られているものであり,人を殺す用途で作られているわけではない。同じように,金子氏によるWinnyの開発は技術革新であって,著作権法違反を目的とした開発でないのだから違反ほう助と言えない,という論点だ。
最終的にアメリカの最高裁判所は,録画された番組を私的使用の範囲で視聴することは著作権法上の公正使用(フェアユース)に該当し,ソニーがベータマックスの販売においても,録画機能の主たる用途は著作権侵害目的ではないことを考慮して合法であると判断した。これは,技術中立性の原則の確立にとって非常に重要な判例となった。
※ソニーとユニバーサル・シティ・スタジオ(現在はNBCユニバーサル)の間で起こった,著作権侵害訴訟。ソニーが販売していたビデオデッキ「ベータマックス」が,著作権保護されたテレビ番組を録画することができるという問題について争われた。
ベータマックス事件の概要(文部科学省)
技術中立性の原則は,特定の技術やプラットフォームに偏らず,様々な技術やプラットフォームが公平に競争することを促進する原則だからこそ,それらに反する,例えば著作権など知的財産権を侵害する場合には適用されないこともある。
例えば,
・開発者がその技術を使って権利侵害行為を行った場合
・開発者は主観的に権利侵害を行っていないものの,権利侵害に使われないようにある程度の注意義務を持ち,利用者の権利侵害を知ったとき,もしくは客観的に知っていると判断できるときに,侵害を中止させるような措置を取らない場合
・利用者に権利侵害をさせるような誘導や扇動をしている場合
・利用者が権利侵害を行ったことで開発者が利益を得ている場合
つまり,善良な管理者の心を持って,技術を進歩させる努力をしている開発者は罪に問わないが,自分の利益のためだったり,開いたパンドラの箱を故意に放置するがあったりなど,悪意のある行動に対しては必ずしも「技術中立性の原則があるから無罪だ」とはならないのだ。
Winny事件に話を戻すと,「著作権侵害のファイルの蔓延目的で開発したかどうか」が争点となる。技術は中立ではあるが,それを利用する人間は中立ではないのだ。
常に何か新しいモノが生まれている技術進歩に,社会そのものをシンクロさせることはとても難しい。常に一歩遅れになりがちの法規制だが,過去の通念に囚われずに,いまの技術環境,カルチャーを理解し,時代に合う公平さを守ることが求められる。
昨今でも,仮想通貨やNFTなどに代表されるWeb3ムーブメントや,急激に沸き起こったAIブームで,法規制について様々な議論が起きているが,いつか法が追いつく日に期待して,いまは理解を深めておきたい。
映画をきっかけに……
感銘を受けると言うといささか大げさだが,この先も覚えておかれるべき過去の1シーンを,知らない人にも見せてくれたのではないかと思う。
そんな映画をきっかけに,ファイル共有ソフトについて振りかえってみた。本記事に書かれているような,ちょっと専門的な知識や深い関心がある人だけに限ることなく,2時間という枠で一つの世界を見せ,考えさせてくれる“何か”を残してくれることこそが映画の魅力であって,本作においてはその2時間をとても満喫できたというのが個人的な感想だ。
3月10日からの上映なので,もうずいぶん時間が経ってしまっている。原稿掲載時点(2023年4月4日)は東京近郊のTOHOシネマズやイオンシネマでまだ上映中なので,まだ観ていない方はぜひ映画館に足を運んで,堪能してほしい。
映画「Winny」公式サイト
映画「Winny」上映劇場
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